「仮想 茶会潜入記 時空を超えた茶人の彷徨」

  • 2017.05.26 Friday
  • 00:33

JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

  幽明の境を往き来し永遠の寿命を持つ稲田宗雁という
  堺の納屋衆出身の茶人が、茶道史上名高い茶事に出席
  するという話になっている。


  古くは松永久秀が開いた多聞山城茶会から、昭和北野
  大茶湯まで27編が登場し、まるで自分がその会に参
  席している気分になる。


  中にはどうしてというような会もあるが、それはご愛
  敬ということにしたい。


  まあやんは「へうげもの」の影響か古い茶会の方が楽
  しかった。

 

  とりあえずは、どんな茶事なのかいくつか挙げてみよ
  う。

 


     松永久秀の多聞山城茶会

 

 

     臨戦態勢下の油屋常祐茶会

 

 

     明智光秀の坂本城茶会

 

 

     豊臣秀吉の大坂城大茶湯

 

 

     大和大納言秀長の茶会

 

 

     吉野で行われた「利休亡魂」茶会

 

 

     稲田宗雁の利休想望茶会

 

               (架空)

 

 

     有楽天満屋敷へ秀頼御成

 

 

     松花堂昭乗の八幡茶会

 


  まだまだあるが。


  できるなら村田珠光や、千道安に登場してほしかった
  し、小堀遠州ならもっと違った茶事を取り上げるべき
  だろう。


 

  まあそれでも楽しめたのは稲田宗雁なる茶人のキャラ
  クターがよかったかもしれない。


 

  一般向け。

 


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  仮想 茶会潜入記

 

 


       時空を超えた茶人の彷徨

 


              谷 晃/著

 

 

             

              2007年3月初版

 

 

 

                 淡交社/刊

 


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「名碗を観る」

  • 2015.05.06 Wednesday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本

 
 
 
   【こんな一冊の本】




    
名碗を観る
 
 
 
 
 
                  林屋 晴三/著
                  
小堀 宗実/著
                  千  宗屋/著 
 
 
 
 
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   林屋晴三という方がおられる。
 
   日本陶磁器研究家の代表的存在である。現在の東京国立博物館
   に入り、工芸課長、資料部長を経て次長を歴任。
 
   のるまんじいなんかのとても近づける方ではなかったが、その
   昔から「林屋先生」とお顔は知っていたし、お近くで何回もお
   見受けさせていただいている。
 
   その先生が、名碗22碗を茶事の風情で、実際に使用して私た
   ちに身近に見せてくれるという企画で本書を世に送り出された。
 
   しかも、官休庵武者小路千家家元後嗣の千宗屋宗匠が全面でこ
   れを支え、遠州茶道宗家13世家元小堀宗実宗匠が加わるといっ
   た力強い布陣と相成った。
 
   千宗屋宗匠は「序にかえて」でこう語る。
 
   茶の道具、いや数ある美術工芸品の中で、茶碗ほど我々の心を
   惹きつけ、かつ身近なものはない。
 
   と。
 
   それは主客にわたって手に取られ、さらに唇に触れる道具はほ
   かにないからだろうと続く。
 
   茶碗はまさしく「近き道具」であり、数寄風流の友としてなく
   てはならない存在の証である。
 
   とも。
 
   そんな「茶碗」の中から、日本陶磁器研究家の第一人者の林屋
   晴三氏が「心に深くしみた好きな茶碗」を選び、ここに載せた
   のである。
 
   常の如く、まずは章立てを書いてみよう。
 
 
 
     その1    楽と光悦の茶碗を観る
 
 
            無一物・ムキ栗・升
 
 
            時雨・乙御前・不二山
 
 
 
     その2    和物茶碗を観る
 
 
            卯花墻(うのはながき)・蓬莱山
 
           
            絵唐津菖蒲文茶碗・深山路
 
 
            色絵鱗波文茶碗・蔦の細道
 
 
 
 
     その3    高麗茶碗を観る
 
      
            老僧・細川・古堅手雨漏
 
 
            蓑虫・毘沙門堂・隼
 
 
            花曇・橘・布引
 
 
            喜左衛門井戸
 
 
   多少並べ方が本書と差異があることをご寛恕願いたい。
 
   それにしても、これだけの名碗を各美術館やはたまた個人か
   ら借り出し、しかも使うという趣向なのだからやはり林屋先
   生の力は並大抵ではない。
 
   ここでは、のるまんじいがさらに思うにまかせて取り上げさ
   せていただこうと思う。
 
 
   無一物
 
 
   この名碗を使うにはと選ばれた茶室は、利休居士が目指す侘
   びの空間の到達点となった京都・大山崎にある国宝「待庵(
   いあん)」。
 
   千さんが亭主として林屋さんを迎えるという一客一亭の茶事。
 
   これだけでもなんと素晴らしい。
 
   二畳隅炉という狭い空間に、一休禅師の『山水人物画賛』を
   掛けて。当日は利休好みでなおかつ亭主のことを考えた趣向
   の席だったという。詳細は会記を読んでいただきたい。
 
   千さんは語る。
 
   かせた赤い土の膚は、まるで人間の皮膚そのもののようで、
   待庵の内側の空間と、無一物の見込みを覗き込んだ気分も非
   常によく似ている、と。
 
   「無一物」をもう少し分かりやすく書くとすれば、
 
 
     長次郎作  赤楽茶碗  銘「無一物(むいちぶつ)
 
 
           重要文化財  頴川美術館蔵
 
 
   この一碗に林屋氏はこう語っておられる。
 
   まさしく私の心の内にあった利休好みの茶碗であった。作行
   きは決して巧みではなく、何か型の応じて造られているよう
   に思われ、あるいは利休居士の切型(きりがた)に従って長次
   郎が造ったものかと考察した。無作為な姿でありながら、ま
   わりを圧するような存在感を示して畳に位置し、(後略)
 
   待庵という茶室にあって、この「無一物」という名碗での一
   服とはまさに至福のときであったろうと思われる。それがた
   とえ撮影という場であったとしても、である。
 
   小野祐次氏の写真家としての真剣勝負がこちらにひしひしと
   伝わってくる1枚1枚であった。決して素人の踏み入れては
   いけない領域が厳然と存在していることを教えてくれた。


   
さて、ムキ栗・升といこう。
 
   このときは、武者小路千家東京稽古場 雲龍軒においてであ
   った。
 
   先ほど登場した「長次郎」は京都の陶家である楽焼の家祖で
   ある。
 
   ぜひ写真をご覧いただきたいが、おそらく「えっ?」という
   声があがるのではないだろうか。
 
   「ムキ栗」は腰部分から胴を四角い形に立ち上げて成形する
   という不思議な造形。茶碗に残る指跡からは、なんとか四角
   い茶碗にするために、見込みを懸命に削り続ける長次郎の手
   が感じられる、こうある。
 
   何とも美しい茶碗だ。こちらは個人が蔵しているそうだ。
 
   ほんの少し前になる“釣り釜”の風情で。浄汲写 利休好み
   四方釜だった。利休居士は四角形が好きだったのだろうと。
 
   濃茶をいただいた後で、拝見するが、何とも練り後の美しい
   ことか。黒茶碗と濃茶の緑の対比がいいのだ。

   
本来であれば、少しずつご紹介すればいいものを、残りが少
   なくなってしまった。
 
   
   喜左衛門井戸
 
   
   井戸茶碗の中でも唯一の国宝で京都・大徳寺の塔頭(たっち
   ゅう)孤蓬庵に伝来していて、これには逸話が多い。それに
   関しては本書をお読みいただきたい。
 
   のるまんじいもその昔、ある方のお供をさせていただいて孤
   蓬庵に伺ったのだが、その時に「喜左衛門」を拝見させてい
   ただいた。力強く迫力に富む大きな茶碗であった。
 
   この一碗でお茶をいただこうとするとそれは機会が殊の外少
   ないであろう。何しろこの茶碗でお茶を喫すると腫れ物がで
   き命を落とすという。
   
   小堀宗実宗匠が語るには。
 
   昭和7年に宗匠の祖父其心庵宗明宗匠が、山雲床(さんぬん
   じょう:茶室の名)で当時の大徳寺の管長だった全提老師、
   孤蓬庵主の月洲和尚とこの茶碗で一服いただいたそうである。
 
   昭和34年の遠州忌では、茶会後尊父の成趣庵宗慶宗匠がお手
   前して畠山一清翁らでいただいたのだったという。最晩年だ
   った翁が自分はどうなってもいいからと御所望されたとか。
 
   この茶碗を林屋氏は、「無作為の中から生まれた非凡」だと
   評する。
 
   おそらく16世紀の中ごろに、朝鮮半島の慶尚(キョムサム)
   南道で焼かれたものだろうと推察しておられる。
 
   そして、職人そのものに今日的な教養ということではなく、
   もっと深い精神的なものがあったのではないかと。祭器とし
   て造ったとも。
 
   本書にはこうある。
 
   毅然として高めの高台が、ゆったり張り出す茶碗の形を受け
   止めて揺るぎない風格を醸す。渋い枇杷色の膚を呈し、竹節
   に削られた高台はすこぶる力強く、梅花皮(かいらぎ)はほか
   の追随を許さぬ見事さ。(後略)
 
   当日は、宗実宗匠が亭主に。
 
   本席の床には松平不昧箱の雪舟筆「円相」を掛け、道具組は
   寺に伝来する遠州と不昧公ゆかりの道具で組んだ取り合わせ。
 
   遠州流独特の飾り付けが清清しく美しい。
 
   p187は遠州流炉の飾り付けで、こちらは畠山記念館毘沙門
   堂においてであった。
 
   本章の後に、「茶碗と70年 林屋晴三の半生」とあり、好
   々爺の雰囲気となった氏への聞き書きとなっている。
 
   ここで氏は「ぶらない人が好き」と語り、その中で、
 
   お茶を深めてくれた絶対的な存在は小堀宗慶さんです。方々
   のお茶事へ伺っていますが、宗慶さんを凌ぐ人はいません。
 
   この後、宗慶宗匠のシベリア抑留に話が及んでいる。
 
   茶道の修業に励む方は言うに及ばず、「茶碗」が好きという
   方、好奇心の強い方に一読をぜひにとお薦めしたい。
 
 
 
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        頴川美術館のホームページは
 
 
 
         http://www.egawa-mus.or.jp/
 
 
 
        遠州流茶道 綺麗さびの世界
 
 
 
         http://www.enshuryu.com/
 
 
 
        武者小路千家官休庵 公式サイトは
 
 
 
         http://www.mushakouji-senke.or.jp/
                                           
 
 
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        名碗を観る
 
 
 
 
 
                  林屋 晴三/著
                  
小堀 宗実/著
                  千  宗屋/著 
   
 
         
      
             2011年10月 初版 世界文化社刊
             
 
 
           世界文化社のホームページは
 
 
         http://www.sekaibunka.com/
        
 
  
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「雪月花を愛でる 茶事の贅沢12ヵ月 上巻」

  • 2015.02.16 Monday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本


 
 
   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
 
       雪月花を愛でる 
 
 
 
 
 
         茶事の贅沢12ヵ月
 
 
 
 
              上巻 
 
 
 
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   “一陽来復”とはよく言ったもので、「立春」を越えたあた
   りから昼間は暖かくなりつつある。そればかりか、空気にも
   春めいたものを感じることができるようになってきた。
 
   それなのに、やがて夕暮れを予感させる頃ともなれば、あれ
   ほど親しみ深く暖かかった空気がまるで約束ごとのようにき
   まって急降下し出し、「春はまだまだ」と嗤っているように
   も思われるのである。
 
   と、書いていて「ウーン、主語がないなあ。英語でいうとこ
   ろの“It”か」と、自嘲する。
 
   さて。
 
   新暦でもまだ2月の半ばを過ぎたばかり。
 
   先般ご紹介させていただいた「平安人の時間表現『暁』の謎
   を解く」の中で、訳知り顔のように書かせていただいた【暁
   の茶事】をここで取り上げようかと思うのである。もし、そ
   うでなければ、また1年先を待たなくてはいけないか、心変
   わりの激しいのるまんじいのこと故、「没」も容易くあり得
   る。
 
   だから…。
 
   いつも書くがのるまんじいは茶事にお招きに与りたがってい
   る。それも、略式のそれではなく、正式な“お茶事”にであ
   る。と言ったって「どこの馬の骨」かも分からん奴を招いて
   いただけるはずがないこと重々承知している。そこで本書の
   ような素敵な本で無聊を囲っているのである。
 
   さて。
 
   件(くだん)の【暁の茶事】であるが、上級者編のそのまた上
   のレベルとでもいうべきそれのようである。
 
   その前に。
 
   本書では以下のように章立てをしている。
 
 
  
         正午の茶事
 
 
 
         雪見の茶事
 
 
 
         暁の茶事
 
 
 
         初釜の茶事
 
 
 
         雛の茶事
 
 
 
         祝いの茶事
 
 
   細かなことは、本書を直接お手にしていただくことにして、
   今回は【暁の茶事】に絞ることにしよう。
 
 
      暗い――
 
   
      渋い――
 
 
   雪見灯篭に明かりを今まさに灯している写真が載る。
 
   そして。
 
   京都・釜座通
 
 
   本席 長生庵
 
   亭主 堀内宗完
 
 
   とある。
 
 
   堀内宗完宗匠、今は家督を譲られて、宗心と号し、久田家と
   並ぶ表千家の重鎮であられる。のるまんじいはご本人と京都
   大徳寺のとある茶会のトイレで所謂「連れション」をしたこ
   とがある。もちろん偶然も偶然、こんなひよっこを宗匠がご
   存知な筈がない。
 
   またこれまた偶然にも長生庵社中の方を別々におふたり存じ
   上げている。おふたりとも子悪魔のママたちであり、それぞ
   れお茶の話を楽しませていただき、お菓子の交流をさせてい
   ただいたのも今は昔のことである。
 
   だからか、一方的に片思いしているのかも知れない。
 
   閑話休題。
 
   朝まだ暗い午前5時40分――
 
 
   腰掛待合に既に手焙(てあぶり)が用意され、行灯に明かりが
   灯される。現代を彩る人工の明かりは一切使われない。もち
   ろん裏方はそうはいかないが、「洩れ」は厳禁である。
 
   「暁の茶事」に比して「朝茶」の方が耳馴染みがあるのでは
   ないだろうか。行われる時間も凡そ似てはいるが、「朝茶」
   は猛暑を避け、夏の早い涼しい時間に行われるのが一般的の
   ようだ。
 
   これに対して「暁の茶事」は厳冬のそれこそまだ「暁」の時
   間帯にお客さまを迎え付けして寒い中、温もりを求め、そし
   て夜明けを共に迎え楽しむといったところだろうか。という
   ことでそれぞれの趣旨、眼目に違いがあるようだ。
 
   さて。
 
   本書の一座には客が2人。内輪を客としたとある。
 
   待合で橙をしぼった白湯をいただき、頃合を見計らって露地
   行灯を手に腰掛待合に移動する。敷石や石畳には打ち水が当
   然してあり、しかも凍って滑らぬようにと配慮がなされてい
   る。
 
   腰掛待合で亭主が蹲踞(つくばい)の水を改めている音を聴く。
 
   ことばの要らない世界。
 
   中門に亭主が迎え付けに出、黙礼の後、手燭を交換。
 
   やがて、客は中門を潜り、蹲踞を使い、茶室へと向かう。
 
   空には半月がかかり、「夜が一番美しいときです」と亭主は
   語る。午前6時である。
 
   席入りが済むと、挨拶の後、古式では「前茶(ぜんちゃ)」と
   いって、まず身体を温めるために薄茶を一服出したというが、
   まずは軽く一献。肴は唐墨と大徳寺納豆で。ご酒で身体はほ
   んわかとするに違いない。そして、「ころ柿」を菓子にお薄
   を。室内は行灯の明かりのみ。
 
   そして初炭へと移る。これまた風情があってよい。
 
   炭を直し終わったところで、窓を突き上げている。朝日は既
   に昇り、夜の茶事はあさのそれに変貌する。
 
   懐石は朝茶と同じように簡素に。しかし、やはり夏と冬と季
   節が逆なために献立の相違は大きい。
 
   そして、食後、主菓子をいただいたら、中立(なかだち)とい
   って腰掛待合へ再び戻る。席入りしたときとは同じ露地とは
   とは思えないような初春の風情が客たちを待っている。
 
   午前8時10分。
 
   そして常のように、後(ご)入りして、濃茶を。
 
   宗心宗匠ということもあって、続き薄で。
 
   躙口(にじりぐち)にて宗匠が客の見送り。胸中に去来するも
   のは何だったろうか。
 
   午前10時。
 
   寒さの最も厳しい夜明け前に訪れた客は、いま、明るい爽や
   かさの中を帰路につこうとしている。
 
   夜の闇の深さ、重さを知り、灯火の美しさ、健気さを知った。
   だからこそ夜明けの爽やかさが感動的であり、朝の光のここ
   とよさがいっそう心にしむのである。
   
   最後に。
 
   前回ご紹介し「平安人の時間表現『暁』の謎を解く」では、「
   暁」を午前3時とした。
 
   時代が下って室町期に午前5時になったとあった。
 
   であったとしたら、利休居士だったら、何時ごろを迎え付け
   のころとしただろうか。もちろん、戦国時代には、常に釜を
   懸けていた訳だから、何時であったとしてもそこに問題はな
   いのだが。のるまんじいが江戸時代の「会記」を読んでいる
   のでもなんともいえないが、ふと気になったので、蛇足と知
   りながら記しておきたい。
 
   あと1時間早かったら…。
 
 
   なお、本シリーズは、上・中・下の3巻からなっている。
 
 
   茶道好きの方はもちろんのこと、雑学大好きな方にも十分楽
   しんでいただけると思う。分からない用語や何やかやについ
   てはお茶を稽古している方にでも気楽に訊ねられたい。待っ
   てましたとばかりに解説してくれるかも知れない。ご一読を
   お薦めする。
   
 
    
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      茶の湯 心と美
 
 
 
 
         表千家 不審菴
 
 
 
 
 
 
 
       
http://www.omotesenke.jp/
 
 
 
 
 
 
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        雪月花を愛でる 
 
 
 
 
 
         茶事の贅沢12ヵ月
 
 
 
 
              上巻 
 
 
 
 
   
 
         
      
             1992年7月 初版 世界文化社刊
             1995年10月 5刷
 
 
 
 
            世界文化社のホームページは
 
 
 
            http://www.sekaibunka.com/
 
     
   
 
   
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
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「榊莫山家の茶懐石のおもてなし」

  • 2014.03.23 Sunday
  • 00:01
JUGEMテーマ:オススメの本
JUGEMテーマ:グルメ

 
 
 
 
  【こんな一冊の本】
 
 
 
 
        榊莫山家の茶懐石のおもてなし
 
 
 
   
 
 
                  榊 せい子/著
 
 
 
    ==========================================================

 
      
   
 
   本書の著者、榊せい子さんは、書家として世に名高くテレビで
   もお見受けした榊莫山氏のご長女であられる。
 
   莫山氏のあの味わい深きく温かみに満ち溢れた書と随筆につい
   ては、いつかを約して今回は触れないでおきたい。
 
   何となれば、今回は『榊莫山家の茶懐石のおもてなし』という
   1冊をここにご紹介したいからである。
 
   茶懐石――
 
   「はじめに」で著者も触れておられるように、“茶懐石”とは 
   主に「茶事」においてそのハイライトである“濃茶”をお客さ
   まに美味しく供するために、空腹を満たす程度の“軽い”食事
   だったようである。
 
   確かに、利休居士を始めそれ以前、またその後の侘び茶の世界
   では「一汁二菜」ないし「一汁三菜」を基本としていたそうだ。
   
   まったく「講釈師、見てきたような…」である。
 
   蛇足ながら「懐石」ということばは、江戸時代になってから使
   われ出したようで、利休さんの頃は、「会席」としていたよう
   である。これまた、「講釈師…」であるが。「ねばならぬ」で
   なくて、どちらでもいいのでないだろうか。
 
   閑話休題。
 
   莫山さん曰く――
 
   わたしは、山国の林のなかで、暮らしている。日本的な四季の
   なかで、暮らしているといってもよい。
 
   春は、フキノトウにはじまる野草。
 
   夏は、キュウリやナスなどの野菜。
 
   秋は、キノコやクリやカキなどなど。
 
   冬は、土にうめてあるイモやダイコン。
 
   などと、ほどよくつきあって、暮らしている。
 
   が、折々やってくる孫や曾孫、知人や友人に、そんな庭や畑の
   ものばかりでは、ちょっとなあ。
 
   ということで、本書にあるような洗練された料理の数々が出さ
   れる。地の野菜を使い、家人が包丁をふるうといったことが懐
   石本来の姿のようだ。
 
   ダイエットを考えているのるまんじいにとって、美味しそうな
   料理がふんだんに掲載されている写真集は己が心と目とそして
   腹をこの上なく癒してくれる。はたまた、活字を読むことに嫌
   気が差した時などは、この手の写真集を“友”にするに限るの
   だ。
 
   ともかく、美味しそうなんだから(笑)…。
 
   表紙を目にしたときに、格が高い膳だなあと思ったら、「霜月
   」――「炉開きの日に」というところに同じ写真が載っていた。
 
   解説にもあるように“炉開き”は「茶の正月」とも言われ、“
   火”が恋しくなる頃、今までの風炉を仕舞い、“炉”の出番と
   なる。
 
   さて。そんな「炉開き」の献立。
 
   真塗(黒い漆塗り)の四方の折敷(おしき・お膳のこと)に、
   飯・汁・向付(むこうづけ)が乗る。いかにも清清しく、飯椀
   ・汁椀とも真塗で、飯は横一文字に盛られる。榊家は裏千家か
   しらと頭をかすめる。その右に配する味噌汁は合わせ味噌で、
   溶き辛子がちょこんと乗った、京風の味だろう結び干瓢、小豆
   が見える。ああ、ここにめでたい「正月」の風情が感じられる。
 
   三角形の頂点に置いた向付は永楽家11代目保全の作の「赤絵八
   仙人図」で伊勢海老のお造りが盛られ、岩茸があしらいに添え
   られている。よく見れば、器の縁に歴史が感じられると思った
   が、保全となれば、黒船来航の少し前に活躍していた人。そん
   な器を使って、食事を楽しめるのだから茶事はたまらない。
 
   なおなお、参考までに。
 
   右ページには、初炭で今まさしく炭を置いたところといった瞬
   間で赤々といこった種火に炭の黒、白く塗られた枝炭のコント
   ラストが美しい。客たちが炉辺に寄ってその景色を眺めていそ
   うだ。
 
   その左上には、点前座に坐した亭主と開炉にいかにもふさわし
   い大きな瓢(ふくべ)の炭取りとそこから顔を覗かせた枝炭が
   写っている。炭取りの表面には亭主自らが「山寺落葉シテ鐘蕭
   条」と直書きしてあるのもより味わい深い。香合は祥瑞鹿撮
   (しょんずいしかつまみ)。香合拝見の挨拶のときに猿丸大夫
        が詠んだ
 
 
     「奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 
 
 
             声きく時ぞ 秋は悲しき」
 
 
   を持ち出したら、いやらしいだろうか。
 
   さて。
 
   お料理は合鴨の丸に焼いた餅、紅白の人参大根、それに菜を加
   え、いかにも正月の風情の煮物椀。
 
   次からは、取り回しの大鉢となる。
 
   何とも侘びた南蛮内渋の甕蓋に本鯛の幽庵焼が盛られ、水にく
   ぐらせたばかりの青竹の箸が美しい。

   この後、預け鉢となり、亭主も相伴となる。
 
   海老芋、生湯葉、金時人参を炊いたものに、たっぷりの刻み柚
   子がうれしい。いずれも名器に盛ってある。
 
   もう1品。
 
   こちらは壬生菜の松の実和え。
 
   進肴として、生雲丹と大徳寺納豆。これは連客同士盃のやり取
   りが忙しくなることだろう。なんとも贅沢な趣向である。
 
   「ご亭主もご一緒に一献いかが」と正客の声が聞こえてきそう
   だ。
 
   ひと時の賑やかさから、小吸い物、八寸で千鳥の盃となる。
 
   八寸はからすみ、松葉銀杏。そして香のもの。
 
   菓子は白玉ぜんざいと「光琳菊」という銘の薯預饅頭。
 
   こんな料理をいただいて、「中立(なかだち)」となる。
 
   本書は、それ以外に道具組も載っている。
 
   待合の床には莫山さんの「柿二つ」の自画賛がかかる。
  
   「野枯レ 土枯レ 霜ニ泣ク」とある。
 
   真台子による広間濃茶で、違い棚に茶壷が飾ってある。食事
   の最中に水屋でお茶を挽いていたそんな感じがする。
 
   さて。
 
   ほかにどんな場面がわれ等を待ち受けているだろうか。
 
   「聖夜の集い」――       師走
 
   「新春の寿ぎ」――       睦月
 
   「七草」――          睦月
 
   「初釜」――          睦月
 
   「節分の茶飯釜」――      如月
 
   「お水取り」――        弥生
 
   「雛祭り」――         弥生
 
   「花まつり」――        卯月
 
   「端午の節句」――       皐月
 
   「風蘭(ふうらん)の風流」―― 水無月
 
   「七夕」――          文月
 
   「朝茶」――          葉月
 
   「月見」――          長月
 
   「名残」――          神無月
 
 
   と、このように暦を追って1年を巡る趣向となっている。今回
   の紹介も時節を魁けて、「花祭り」あたりを取り上げるのが相
   応しいのだろうが、そこが食いしん坊ののるまんじい故、表紙
   でぴたっと止まってしまったのであった。
 
   それにしても。
 
   榊家では今も茶事を楽しまれていることだろう。
 
   莫山さんの、また氏のお連れ合いの追善の茶事であったり、新
   しい祝いのそれだったりと、ふさわしい客組みでなさっておい
   でのことだろうな。
 
   本記事読者の皆さまにおかれては、本書をお手に取って、美味
   しそうな懐石の数々、そして茶事の道具組みを存分にお楽しみ
   いただきたく思う。
 
   榊莫山ファン、お茶好き、食いしん坊、ちょっとでもアンテナ
   にひっかかった好奇心旺盛の方々にお一覧をお薦めする。
 
 
 
    ============================================================

 
 
 
 
              宝酒造CM よかいちに出演の莫山さん
 
 
 
 
      http://www.youtube.com/watch?v=hvqGspOpNpQ
 
 
 
 
   ==============================================================

 
 
 
 
 
         榊莫山家の茶懐石のおもてなし
 
 
 
   
 
 
                  榊 せい子/著
   
 
         
      
              200610月 初版 世界文化社刊
             
 
 
             世界文化社のホームページは
 
         http://www.sekaibunka.com/
      
   
 
  
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
   ==============================================================

 
 

「近代茶人たちの茶会  数寄風流を楽しんだ巨人たち」

  • 2013.09.21 Saturday
  • 08:39
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

 
  【こんな一冊の本】

  

 

 

       近代茶人たちの茶会

 

 

 

        数寄風流を楽しんだ巨人たち

 

 

 

 

                  鈴木 皓詞/著

 

 

 ================================================

 

   

   

 

  ついこの前、おとといの19日が“仲秋の名月”だった。

 

  進学塾で小学生相手に国語を教えている、のるまんじいの悪
  友
その名も「悪魔のささやき」がぼやくことぼやくこと。俳
  句の
季語で「名月」が秋だと教えても、「今どきの小学生た
  ち、特
に国語で苦戦する子はピンとこないんだよね」だと。
  そんなも
んだろうとのるまんじいなんか納得するのだが。

 

  三宝に乗せた月見団子や芒を縁側に飾って、風流に月を愛で
  よ
うという習慣は今でも生きているだろうか?もしかすると
  テレ
ビアニメの『サザエさん』あたりの中で続いているだけ
  だろう
か?

 

  かといって、「風流」とは、何ぞやをここでくどくどと語る
  つ
もりはない。

 

  が、手許にある本書の中にこんな“茶事”の様子が載ってい
  た。

 

  1925(大正15)9月21日。

 

  今を去る88年前のきょうのこと。

 

  しかも正しく仲秋の夜のことだった。

 

  現在でも東都美術界で重きをなす老舗赤坂水戸幸の当時の旦
  那
(本来は主人と書くべきだろうが、「旦那」という音の響き
  を
採りたい)、吉田梅露氏が「観月兼聴虫」の茶事を井の頭の
  別
荘・野水庵で行ったというこの一会の様子がまるで自分も
  そこ
に参席させてもらっているように臨場感あふれるばかり
  に描か
れている。

 

  ここで、「茶事」について簡単に触れておきたいと思う。茶
  事
とは、茶の湯において最も正式なもので、1度に5人ぐら
  いま
での客をお招きして、懐石、濃茶、薄茶をもてなすのが
  一般的
とされている。4時間程度を費やし、「一期一会」の
  世界を主
客共に建立する。

 

  千利休居士、最晩年の百会記の最後を飾ったのは、徳川家康
  で
一客一亭の席だったことは世に名高い。

 

  さて。

 

  当日の客組みはというと、青山根津嘉一郎、梅沢鶴叟、山澄
  静
斎、川部太郎、高橋箒庵の5人。根津嘉一郎については言
  うに
及ばずだろうが、「鉄道王」の異名を持つ程の経営者で、
  現在
の根津美術館はその収蔵品をもって開館した。高橋箒庵
  は三井
系の事業家で、半白で引退し、茶道三昧の生活に入っ
  た人物で、
『大正名器鑑』を始め、本書の底本ともいうべき
  『東都茶会記
』などを記している。中3人は梅露と同じ美術
  商。

 

  のるまんじい、ここまで書いて随分偉そうだなあと自分に“
  ち
ゃちゃ”を入れたくなった。申し訳ないが、ここに登場す
  る偉
い方を敬称略にさせていただきたい。

 

  客扱いの上手な旦那衆と根津、高橋ご両人という一席なのだ
  か
らさぞ賑やかに盛り上がっただろうことが想像される。

 

  説明が長過ぎることご了承願いたい。

 

  当時の井の頭はというと、草深い野路を行くと小さな丘の下
  に、
まさに野中の一軒家があって、そこは周囲に垣根もなく、
  庭が
そのまま武蔵野へと広がっていたという。

 

  すでに日は色を濃くし、黄昏時間近であっただろう。

 

  心侘しくなる風情で茅葺きの寄付(よりつき)に入れば、壁
  床
には、酒井抱一が表千家原叟の蕪画賛を写した軸がかかっ
  てい
たそうだ。

 

  さても田舎家によく取り合いたる一軸」と褒めそやし一同白
  
湯でのどを潤して初入りとなる。

 

  ああなんて、いい風情だろうか。あまりにも割愛した部分が
  多
いので、会のよさがちゃんと伝わらないかも知れぬ。関心
  をお
持ち頂いたらぜひお読みいただきたく思う。のるまんじ
  いも席
の片隅に座らせていただきたい、ひたすらそう思う。

 

  床には竹組大瓢形に秋の草花が入れられ、掛け物なし。道具
  畳
には織部敷瓦に芦屋の大窶(おおやつれ)の風炉に、宮崎寒
  雉
(
かんち)の四方釜を乗せて。 

 

  庵主挨拶の後、懐石があり、心楽しくなるばかりの風情と筆
  者
は記す。炭手前の後、中立(なかだち)。午後7時半だった
  とい
う。

 

  空には雲間の月が微光をもらして武蔵野の原は夢のように見
  え
渡った。あたりは寂寥として鈴虫、松虫、轡虫、その他名
  も知
れない虫たちが楽を奏する様子は面白く、連客一同聴き
  入るの
であった。この趣向は、都人には容易に味わうことの
  出来ない
武蔵野の風情なのであった。

 

  美酒に火照った頬に武蔵野の風は、さぞ心地よかったことだ
  ろ
う。月に虫の音と秋の風情を楽しんでいると、銅鑼の音が
  聞こ
えてくる。6点で、亭主が迎付に出て、戻り残りの1点
  が打ち
止められるという、客にとっては丁寧でうれしいこと
  だっただ
ろう。 

 

  さて、後入りである。

 

  床には、烏丸光広卿の懐紙がかかる。

 

 

     詠月下友和歌         権大納言光広

 

 

      武蔵あふミかけてそおもへ東路も

 

          雲井へたてぬ月のとも人


 

   

  名月の夜に武蔵野の原の一軒家でのお茶に、これほど適所適
  幅
があるだろうか、と会記を読み解きながら、感嘆の声を挙
  げる
筆者なのである。

 

  濃茶は水指が備前細共蓋。茶入は利休在判の竹中次。茶杓は
  金
森宗和を。茶碗は御本喰違(くいちがい)(以下は略)

 

  この後、別棟の茅葺きの広間若水軒で「薄茶なり、番茶なと、

  お好み次第に」となり、連客動座する。床には可翁筆牧童の
  図
に賛があったそうだ。箱書類を拝見するうち当時井の頭名
  産の
西瓜が出されたそうだ。信じられない!

 

  午後9時ごろ、暇乞いして客たちは車中の人になった、とあ
  る。

 

  おそらくこの広間で、主客共にのんびりとこの会の話に花を
  咲
かせに咲かせたことだったろう。

 

  金と暇があるからできるのだろうと、おっしゃる方もおいで
  だ
ろう。しかしながら、利休居士を落とし穴にはまらせなが
  ら、
もてなしたというノ貫(へちかん)のような楽しませ方も
  あるこ
とだし、茶には人それぞれの楽しみ方があるのでは、
  と、のる
まんじいは思うのである。

 

  また明治以降の財界をリードした先人たちがいたからこそ「
  廃
仏毀釈」で揺れたり、名家が手放したりした国宝や重要文
  化財
級の多くの名品が海外流出から免れたことを本書の中で
  筆者は
語っている。

 

  閑話休題。

 

  実は「観月兼聴虫」の一会には、まだ続きがあるのだ。

 

  「月色虫声茶会の再現  10月 70年の時を超えて、梅露
  翁の
名月茶会に再会」というのが、それである。

 

  平成8年というから、それでももう17年も前になるが、当時
  の
水戸幸の主人吉田清氏から1019日に月見の茶事をと招き
  を筆
者は受けたそうだ。筆者の鈴木皓詞氏は元々裏千家の茶
  人でい
らして、裏千家の機関紙『淡交』に本編を含む記事を
  連載して
おられた。その記事が縁で、ご主人が再現を思い立
  ったのだそ
うだ。時空を超えてということばがあるが、他家
  に出ていた「
武蔵鐙」の懐紙が戻り、追福追善の意もあって
  の茶事だったの
だそうだ。高橋箒庵が記しておいてくれた会
  記のおかげでの再
現茶事である。

 

  ここでその席について記すのは止めにしておこう。読者の方
  の
楽しみが減ってしまうだろうから。当日、そこで客になっ
  た筆
者だからこそ、読者もまるで同席させていただいている
  ような
錯覚を覚えるほど詳細な記録になっている。うれしい
  の一言に
尽きる。

 

  何度も書くが、のるまんじいの紹介では、この記事を読んで
  く
ださっている方は、消化不良を起こされるのではと不安を
  覚え
るが、そこはどうかご寛恕願いたい。

 

  最後になってしまったが、本書の章立ての一部をご披露して
  お
開きとさせていただきたい。

 

 

     益田鈍翁の斎宮女御茶会

 

        茶道史上に名高い佐竹本三十六歌仙の分断

 

     松花堂会の発足

 

        濃茶をシテ、薄茶をツレに見立てた巧者の演出

 

     長恨茶会

 

        近代茶劇中、名優の双璧となった鈍翁と謙庵

 

     魯堂朝茶

 

        侘び数寄の巧者、仰木魯堂の清雅な一会         

 

     大正11年の光悦会

 

        朝日新聞の創立者・村山玄庵の晩秋の風流

          

      

     青山歳暮茶会

 

        東都の鉄道王・根津嘉一郎の年忘れの趣向          

      

 

  一般向け。茶会記も丁寧に、また写真も多く載っていて、流
  儀
を問わず楽める。歴史、美術、料理に関心がある方にも読
  んで
いただけるといいなあ。「求めよ。さらば与えられん」
  と聖書
にあるそうだが、茶道をなさっておいででなくても、
  手に取っ
ていただけたらと思う。月の美しき季節に一読をお
  薦めしたい。

 

  今宵の月を“立待ち月”と呼ぶそうな。月を眺めながらの、
  時
を楽しまれたい。

         
  ===============================================

 

 

 

        赤坂水戸幸のホームページは

 

        http://www.mitoko.jp/

 

 

  ===============================================

 

 

 

 

        近代茶人たちの茶会

 

 

 

        数寄風流を楽しんだ巨人たち

 

 

 

 

                  鈴木 皓詞/著

   

 

         

      

             2000年3月 初版 淡交社刊

             

 

 

 

                淡交社のホームページは

 

          http://www.tankosha.co.jp/

      

   

 

  

「宗家の茶菓子」

  • 2012.01.11 Wednesday
  • 07:38
JUGEMテーマ:グルメ
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 

 

  【こんな1冊の本】

 

 

 

   別冊 家庭画報 茶道シリーズ 3



 

   宗家の茶菓子

 

 

 

 ==============================================

 

 

   

 今日は「鏡開き」です。日一日と正月気分も後ろに過ぎ去って
 きます。正月に神さまや仏さまにお供えしていた鏡餅を下げて

 て、雑煮やお汁粉にしていただくそんなもともと武家の風習が

 民にも広がったそうです。
11日がその日だと思っていましたが、
 
そうでない地方もあるそうですね。

 
さて。

 
この度は、みなさんから化石みたいに思われてしまいそうな、で
 
ものるまんじいにとっては今でも、必携の大切なそんな1冊の本
 をご紹介させていただこうと思い立ちました。それは世界文化社
 
1982年(昭和57年)に出版した『別冊家庭画報 宗家の茶菓
 
子』という1冊です。

 

 茶の湯の世界では、初心者がよく「お菓子に惹かれて稽古を始め

 た」とおっしゃるんですけど、きっと踏み込んだ人にとって一番

 身近なのがお菓子なんでしょうね。かくいうのるまんじいもお茶

 席の「お菓子」大好き人間で、それも「おいしく」ないとダメと
 
いうヤツでございます。ですから、お誘いを受けてちょこっとう
 
かかがったお茶席で出されたお菓子が「今ひとつ」なんかだとま
 
ことに失礼ながら「もう、がっかり〜」なんてことになります。
 
精神的に高みを目指されている方々からは「メッ」ってお叱りを
 
受けそうですが(苦笑)

 
何かというときにこの『宗家の茶菓子」はとっても参考になりま

 してね。いえいえ、そればかりか、写真を見ているだけで「おい
 
しそう〜」と今にも涎をたらしそうなのるまんじいが今でもおり
 
まして。ことあるごとに、本棚から引っ張り出してきて、確認
 業をするなんていう便利な1冊の本であります。

 

 この1冊には「表千家」「裏千家」「武者小路千家」(以上を三

 千家というのですね)、西本願寺と縁の深い「藪内流」、「遠州
 流
」(こちらは武家流儀として有名ですね)、「江戸千家」「松
 尾流」
「大日本茶道学会」とまあここまで網羅した本なんてなか
 なか存
在しないと思います。あとこれに、鎌倉に本拠をおく宗徧
 流が載
っていればなおよかったんですが。

 

 表紙がまず「すごい」のですよ。裏千家さんが初釜でお使いにな

 るという「菱葩餅(ひしはなびらもち)」が塗りの銘々盆にどん

 と乗って。もう、おいしそうです。おそらく京都の老舗の「川端

 道喜」さんのものなんでしょう。白味噌餡と、柔らかくたいた牛
 
蒡2本が求肥(ぎゅうひ)皮ではさまれています。この皮がぷに
 
ぷにでおそらく唇で味わうものでしょうね。そして中心はうっす
 
らと紅色に染まっています。美しいものです。これだけで「京都
 
」を感じます。こんな表紙を見ちゃいますと心がはやります。   

 

 それにしても各お家元方でこんなにも好みのお菓子が違うのかし

 らというぐらいに多種多様なんです。これは長い時間の流れの中

 で、それぞれの流儀が作り上げてこられた歴史の結果なんでしょ

 うね、きっと。すぐに、どちらがよくて、どちらはそうでもない

 と噂する方がおいでかもしれないけれど、けっしてそういう問題

 ではないでしょう。のるまんじいはどれもこれもみんな味わって
 
みたいです。

 

 そうそう、このごろは大寄せのお茶会では、それが薄茶席でも生

 菓子を多く供されます。もちろん本書でもこの生菓子の紹介が多
 
いのですが、それとまた別に本来の薄茶席で出される干菓子(ひ
 
がし)もたくさん載っています。どんな器に乗せるかもヒントに
 
なります。

 

 まず、表千家さんの饅頭3種が目をひきます。饅頭と聞きますと

 ね、このごろはそう珍しくもなさそうですが、茶席に顔を出す饅
 
頭はすべての素材が吟味されていますから、そんじょそこらのも
 のとは大違い。おいしいに違いあり
ません。白い皮に楊枝を入れ
 たときに、目に飛び込んでくる餡の
色に目を奪われるなんて、そ
 れだけでごちそうです。のるまんじ
いは熱々に蒸して供されるの
 が殊のほか好きです。もし、たかが、
饅頭なんて思っておられた
 ら、それは大きな間違いです。

 

 裏千家さんですと、先ほどの「菱葩餅(ひしはなびらもち)」の

 ほかに「銀杏餅」がとびきりおいしそうです。いくつでもいけち

 ゃいそうですが、そうはいかないでしょうね。もちろん門外不出

 の「留め菓子」なんでしょうね。そして又玅斎宗匠お好みの「冬
 籠」、これがまたおいしそうですね。百合根のきんとんなんです
 ね。
しっとりとしているんでしょうね。

 

 武者小路千家さんではやっぱり「木守」。高松の銘菓です。
 
つい先日、TBS系の「情熱大陸」に宗屋若宗匠が出演なさって

 おいででした。注目の方です。

  

 藪内家では「織部饅頭」と「山土産」かしら。織部とは利休居士

 の高弟の古田織部さんのこと。薮内家と古田家に姻戚関係があっ

 たそうで。きっとふつうの饅頭ではないでしょうね。

 

 随分と長くなっちゃいました。

 

 遠州流に最後を飾ってもらいましょう。

 

 透けた色の春慶塗手提重に入れられた日本橋三はし堂の桜餅は逸

 品ですね。形(なり)がいいですね。こんな器に入れられたら、
 桜餅
もさぞかし喜ぶでしょう。おいしいですよね。その下に光琳
 蒔絵の
銘々盆に乗せられた越後屋若狭の「卯の花きんとん」は京
 都のそれ
と違って、いかにも江戸前のきんとんらしいものです。
 これはなかなかいた
だくことができません。大寄せの茶会で出さ
 れることがもしありま
したら、それはもう「超ラッキー」です。
 炉開きの源太万永堂さん
の「粟万寿」も古風な味わいでなかなか
 よろしいです。

 
のるまんじいは本を見ながらこの原稿を書いていますから、「お

 いしそう」なんて不届きなことを軽軽しく言えているのですが、

 お読みいただいている皆さんからすると「何がなんだかチンプン

 カンプンだぞ〜」ときつくお叱りを受けそうです。どうかお許し
 
くださいませ。

 
紙面の都合で紹介できなかった流儀の方には、申し訳ありません。
 
どうかお許しください。ぜひ手に取ってごらんください。

 

 もしこの本に関心を持っていただけましたら、図書館に足を運ん

 でいただくのが、最良の方法かと思います。amazonにも在

 庫はないようですから。参考までに調べましたら、東京都内の図

 書館ですと6,7市(区)が所蔵しています。

 

 こんな本を目にしますと、どこかのお茶会に足を運びたくなるの
 
るまんじいです。

 

 一般向け。茶道の稽古をされておいでの方もそうでない方にもお
 
薦めです。甘いもの苦手という方には……ですが。みなさんに楽
 
しんでいただけたらうれしゅうございます。

 

 

   ==============================================

 

 


    別冊 家庭画報 茶道シリーズ 3 

 



     宗家の茶菓子

 


 

            19828月初版    世界文化社刊

 

 



    世界文化社のホームページは

 

    http://www.sekaibunka.com/

 

 

 

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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「小堀遠州 『綺麗さび』のこころ」 

  • 2011.12.15 Thursday
  • 00:09

JUGEMテーマ:オススメの本

 

 


 【こんな一冊の本】

 

 

 


  「小堀遠州 『綺麗さび』のこころ」    

 

 

       別冊 太陽 日本のこころ―160 

 

 

 

 ===============================================

 

   

   
  「あーあ、こんな本と出会ちゃったよ、ここで会ったが100
  年
目か」

 

  思わずこんなため息をもらす羽目になってしまった。

 

  「別冊 太陽」から本書が出ていたのは、知ってはいたんけど。
  知ってはいたけど、ついぞ手に取る機会がなかった。それにこ
  う
なるであろうことは容易に予測がついたから。   

  

  ほしくてほしくてたまらなくなった。

 

  2500円!

 

  ここは清水の舞台から飛び降りにゃあならんか。とんだ散財だ!
  (苦笑)

 

  でも、「清水の舞台」から飛び降りざるを得ないと思うにこの
  本
は十分すぎる1冊だ。

 

  まず、何といっても表紙、裏表紙がいい。

 

  これだから、「太陽」恐るべしだ。

 

  京都の東山に湯豆腐と、石川五右衛門がその山門の上から景色
  の
素晴らしさを「絶景かな」と名ぜりふをのべる歌舞伎『楼門
  五三
桐』で知られる臨済宗南禅寺派本山南禅寺がある。

  そこの塔頭(たっゅちう)に、徳川家康(人名は敬称を略させ
  て
いただく)のブレーンで“黒衣の宰相”と世間から呼ばれ、
  恐れ
られて以心崇伝(金地院崇伝といった方が名前の通りがい 
  い)が
建立した、その金地院(こんちいん)という名刹がある。
  こちらにある茶室内部の写真が表紙になっている。

  小堀遠州作である。

  三畳台目の席だが、なんとも窓を大きく取って、内部が明るく
  開
放的に感じられる。力強いカーブをした台目柱がとっても魅
  力的
だ。これだけで、グッときてしまう。大徳寺の孤篷庵、洛
  北一乗
寺の門跡曼殊院とならんで京都三名席と呼ばれているん
  だそうな。
畳も青く見える。

 

  結界(竹に足を結わえたものが置いてあるところ)の向こうに
  は
書院が見えて。濃茶までを茶室で楽しんだあと、外には出ず
  にそ
のままここから移動して、書院で薄茶をしたのだろうか。
  あるい
は、薄茶の後で席を変えて、なお一献としたのだろうか。 
  いずれ
にせよ気持ちがいい写真だなあ。

 

  裏表紙はとみれば、こちらは同じ金地院の方丈の庭だ。ここは
  高
校の修学旅行で訪ねて以来何度か足を運んだから覚えている。
  自
由行動だったから来られたんだった。“鶴亀の庭”と呼ばれ
  てい
る。同じ遠州作の庭だ。石組と松が調和したすばらしい庭
  だった。

 

  ところで。

 

  今、この記事をお読みくださっている読者の方で「小堀遠州」
  と
聞いて「こんな人」と頭に浮かぶ方はどれほどおられるだろ
  うか。

 

  残念なことだけれど、実は、思ったより少ないのではないだろ
  う
か。のるまんじいは、この「小堀遠州」という人はもっとも
  っと
世に知ってほしいと思う人物のひとりなのだ。

 

  表紙にこんな風に紹介されている。

 

   

   有能なるテクノクラート

 

   天下の造園・建築・工芸デザイナー

 

   歌人・香道家にして書の達人

 

   そして何より、江戸初期の茶道界に

 

   新たなる美学を打ち立てた大茶人

 

   万能の異才・遠州の全貌をさぐる

 

  

  如何だろうか?

 

  「テクノクラート」「異才」ということばに「ほお〜、そうき
  ま
すか」と思った。

 

  話は本題から外れ、回りくどいかも知れないが、ちと説明を。
  な
お、専門分野でないものが多く、事実誤認等があった場合は
  平に
ご寛恕願いたい。

 

  “茶道”というと「千利休」という人をというか、だけを教科
  書
で教わる。教わり方で、どうしてもなんか突然ぽっと現れて
  “茶
道”を始めた人のように勘違いしてしまう。利休は“大成
  者”で
ある。
  
  利休の前にすでに“茶人”は多くおり、利休は北向道陳や武野
  紹
鴎(区は旧字体の區)に師事している。

  そして利休以後も茶人は存在する。

 

  利休居士の存在があまりにも大きすぎる故、そういう誤解が生
  
れるのだと思う。ここまで読んできて、「のるまんじいは千利
  休
を疎んじているのか」と思われた方がおいでだったら、それ
  は大
いなる誤解である。

  千利休という人が出現しなかったら、現在のような茶道も、ま
  た
その隆盛はなかっただろう。

  以後の茶人たちは利休居士の流れをくんでいるのだから。

 

  利休には、孫がいた。その孫がいわゆる三千家(表千家・裏千
  家
・武者小路千家)の祖・宗旦である。宗旦の息子たちによっ
  て千
家の茶は今も受け継がれている。

 

  一方、利休には師匠を敬愛してやまない多くの弟子たちもいた。
  その弟子たちは幅広い階層の人間であった。豊臣秀吉だってそ
  の
うちのひとりだと言ってよい。その利休の弟子たちの中に“
  利休
七哲”と呼ばれる者がいた。

 

  この中の1人に大名の古田織部がいた(含まないという説もあ
  る
ようだ)。ともかく織部という人、身の危険を顧みず、蟄居
  を秀
吉に命じられ堺に下る利休を伏見で細川忠興(三斎)と見
  送って
いる。

 

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「一個人」2010年8月号 「茶の湯」入門

  • 2011.07.22 Friday
  • 14:22
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 この原稿は昨年7月7日にメルマガで配信したものですので、
 文中に出てくる展覧会は開催されておりませんので、ご了承
 ください。一部、加筆訂正してあります。




 【こんな一冊の本】

 

 

 

  ・ 「一個人」2010年8月号




    「茶の湯」入門




   ==========================================================

 


 

 

 数ある月刊誌やそれに準ずる雑誌の中で、おもしろいなあと興味
 を惹かれ、手許に置いておきたくなるものがいくつかある。

 

 「サライ」(小学館刊)、「自遊人」(自遊人刊)、「男の隠れ
 家」(朝日新聞出版)などの言ってみれば、中高年をそのターゲ
 ットにしているものから、「太陽」(平凡社刊)、 「芸術新潮
 」(新潮社刊)、「クロワッサン」(マガジンハウス刊)、「暮
 しの手帖」(暮しの手帖社刊)、はては「四季の味」( ニュー・
 サイエンス社)と守備範囲は広がっていき、その中で「今度の特
 集はいいねえ」というのが出てくるのだ。

 

 そんな中に今回の「一個人」も入っている。

 

 一昨年、目を手術して入院中だった時に、ふと入った院内のコン
 ビニでこの「一個人」がコーヒーの特集を組んであった号をみつ
 けて、「目によくないから」と一度は諦めて病室に戻ったものの、
 いてもたってもいられない気分になって、今一度出向いてそそく
 さと買い求めたという、そんな思い出もある。

 

 さて。

 

 そんな「一個人」なのだが、今回の号は、文章修業の師匠から「
 茶道の特集」をやっているよと紹介されたのだった。

 

 「そういえば、そうだったな」と早速、求めてきた。ページを繰
 りながら、正直なところ、今一つピンとこない連続だった。もち
 ろん、本から感じ取るものには、「個人差が大いにある」という
 ことは承知しているつもりである。

 

 「『茶の湯』入門」特集ということだから、これから茶の湯を楽
 しんでみようかなと心に秘めている人たちや、そこまでも関心を
 持っていない人たちまでもを読者層にと考えたのだろうか。

 

 ともかく、「入門書」なのである。それも昔だったら考えもつか
 ないようなぜいたくなビジュアル「入門書」である。

 

 これも入れなきゃ、あれも忘れちゃだめだとばかりに内容は豊富
 である。それが、原因でか、詰め込み過ぎというか、申し訳ない
 のだけれど、どうも落ち着かない印象を受けるのである。

 

 「入門書」なのだから、仕方ないとか、「そんなこと言うんだっ
 たら、おまえならどうするんだい」と言われてしまったら、しょ
 ぼんと黙するしかないのである。

 

 間違いなく、これは難問なのである。だから、編集部を批判しよ
 うなどという気持ちなどさらさらないのである。

 

 では、のるまんじいは、いったい「何が」心の中で引っかかって
 いるのだろうか?とても、無責任な言い方だけれど、正直、わか
 らずにじくじくしているのだ。

 

 それについては、「一個人」がどうとかいう問題ではないのであ
 る。

 

 だったらなんなのか。

 

 「畳の上の水練」ということわざがある。

 

 畳の上でどんなに水泳の練習をしたところで、実際には上達しな
 い、そんな意味だったろうか。

 

 そうか、そうなんだ。

 

 この「入門書」は、その道に一歩足を踏み入れて、足元を照らす
 明かりのように「茶の道」という旅をともに歩く友とすれば、い
 いのか。

 

 やがて、「茶の道」の旅が続いて行って、更なる深みを訪ねると
 きに別れの時が来るのかも知れない。

 

 いいものは、実際に自分の目で見るに限ると言われる。というか
 五感をあるいはそれ以上の感覚を総動員して「もの」と対峙すべ
 きだといわれる。

 

 まことに、そのとおりである。

 

 展覧会なども「畳の上の水練」ではないかと、読者のみなさまか
 らご指摘を受けるかもしれない。

 

 その場合、「いいや」とスパッと言い切る自信はないのだけれど、
 それでも、「いい作品」には触れていないと自身の向上はないと
 思うのだ。

 

 「茶の道」に、いざ足を突っ込んだなら、「稽古」をまじめにす
 る。「茶会」にまめに足を運ぶ。それもレベルの高い茶会に限る。
 そして「展覧会」に顔を出す。そんな心がけが必要だろうか。

 

 そのあとは、まだまだこの世界、奥が深くて、あまり知らずに「
 足を突っ込む」方がよろしいように思う。そのうちに未知の世界
 からいろんなアプローチで「おいで、おいで」とお呼びがかかる
 ようになるだろうから。

 

 そうなったら、悩むことなくズブズブになられるがよい。「ここ
 までが限界」と先に線はお引きにならないように。

 

 心配は、ご無用である。あなたには、「旅の友」が、すでにある
 のだから。

 

 そんなことを考えながら、茶道関連のブログを拝見していたら、
 ある展覧会の感想が出ていた。

 

 それから、気になって気になって仕方がなくなったのだが、行き
 たいと思っているのに果たせないでいるのである。

 

 読者のみなさん、のるまんじいの代わりに行ってきてくださらな
 いだろうか?

 

 その展覧会とは

 

 「紅心 小堀宗慶展  創作と審美眼の世界」である。

 

 会期が7月11日(日)までである。もうあとちょっと。

 

 小堀宗慶宗匠は遠州茶道宗家第12代で、現代の茶道界を代表す
 る茶人である。

 

 詳しくは、展覧会のホームページをご覧いただくとして。

 

 ともかく宗匠とつながりの深い茶道具が展示されているので、見
 たくてうずうずするのである。

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