「青い月の物語」

  • 2017.09.15 Friday
  • 10:29

JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

   月があるからこその夜だと思う。

 

 

   月のない夜はさびしい。

 

 

   そんなことを思わせるのが銅版画家の小浦昇さんの作品に

   自作の詩をつけた本書「青い月の物語」だ。

 

 

   「青い月」――どこか儚げな感じだ。

 

 

   月の夜は遠回りをして帰りたくなる、そんな歌謡曲を思い

   出した。

 

 

 

 

   

 

 

 

「むすこよ Son,I do love you」

  • 2015.06.14 Sunday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本


 
 
   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
 
 
    むすこよ
 
 
 
 
     
                 Son,I do love you
 
 
 
 
 
                  小長谷 昴平/文
                  福田 岩緒/絵
                  W・リビングストン/原作 
        
 
 
   ==============================================================
 
   
             
 
 
 
   『むすこよ』――
 
   という「呼びかけの」形の本の題が限りなくいい。
 
   表紙絵を見てみたら、ますますいい。
 
   華奢な体つきの、それでいて顔も手も、足だってシャツもズ
   ボンもみんなすっかり泥んこにしまくって、1日中夢中で遊
   びまくったに違いない男の子が描かれている。
 
   その子は赤いキャップのつばを後ろにかぶって、水を入れち
   ゃったんだろう片っぽの長靴やなんやかやを無雑作に突っ込
   んだバケツを持って、破れて竿の折れた虫網をしょっている。
 
   少しばかり、ばつの悪そうな弱弱そうなそんな顔に見えるの
   は、「かあさん」のお小言をまるで覚悟しているようにも見
   えてくる。
 
   わが子どもたちを思うよりも、何だか自分のちっちゃい時の
   それこそわんぱくで夕方暗くなるまで遊び呆けていたことを
   思い出してしまった。
 
   だからといって、今回のこの本を意識的に捜し求めていたわ
   けでは決してなかった。それはいつもとちっとも変わらない
   偶然のプレゼントだった。
 
   ところで。
 
   おやじというのは、いやおやじだけではなく、おとなはみん
   な少なからず建前主義の中で気づかずに生きている。
 
   「しつけ」と称して声を荒げ、そして自分の価値観を当たり
   前のように押しつける。それも「子どものことを思って」と
   か「おまえにとって良かれと思って」なぞと理由づけするこ
   とは忘れない。
 
   親だって若いから、体力があるはずなのに、わんぱくな男の
   子はそれ以上に走り回る。
 
   「どんだけ親を心配させれば、気が済むのか」とぐちをこぼ
   させるように動く。「もう、静かにしろよ」と言いたくなる
   ほどに。
 
   このころが1番可愛いさかりだということをつい忘れて。
 
   この本に登場する「とうさん」も同じだった。すやすやと寝
   ている息子の寝顔を見て思うのだった。
 
   とうさんは、今夜おまえにすまないという気持ちでいっぱい
   だ。さっきのことを考えると、胸がしめつけられるような気
   がする。
 
   話はこう始まっていくのだった。父親経験者なら誰でもが少
   なからず味わってきたことだろう。
 
   「あれもだめ、これもだめ」
 
      「なにやってんだよ、そうじゃないだろ」
 
   「早くしろ」
 
   「かたづけはすんだのか?」
 
   「食事のときは肘をつくな」
 
   「よくかんで」
 
 
   どうしてこんなことばしかのどをついて出てこなかったんだ
   ろう。
 
   友だちと遊んでいた息子が父親を見つけてうれしそうな笑顔
   をしてくれたにもかかわらず、汚したのをみて「ズボンもく
   つも、おまえのこづかいでは買えないんだぞ」と恥をかかせ
   てしまった。
 
   こんな経験はあったなあと今ごろになって頭を掻いたって遅
   い。
 
   おやじって、なんて不器用な生き物なんだろう。
 
   おやすみのあいさつをしようと書斎におずおずと入ってきた
   むすこに「何か用か」としか言えない父親。それなのに明る
   い顔で胸に飛び込んできて「おやすみ!」と言ってくれるわ
   が子。そこには限りない愛がこもっていた。
 
   素晴らしいことにここでこの父親は気がついたのだった。と
   いうよりも全身から力がぬけて、どうしようもない畏れを感
   じたのだった。
 
   ベッドで寝ているわが子に語りかける。おまえの性格にはす
   ばらしいところがいっぱいある。小さなおまえのこころは、
   とうさんやかあさんをもつつみこむほど大きい。
 
   おまえの真実の心は、太陽のようにあたたかい。おまえの真
   実の心は、太陽のようにあたたかい。おまえの「おやすみ!
   」にそれがよくあらわれていたよ!
 
   今夜はそれに気づいたんだ。
 
   とうさんはおまえのことが大好きなのだ!と。  
 
   長い引用をしたことをご寛恕願いたい。    
 
   ページにすれば、たった30ページちょっとの絵本だけれど、
   この1冊の中になんと大きな世界が存在いていることだろう
   か。
 
   この絵本『むすこよ』は原題を「Son,I do love you」とい
   う。
 
   W・リビングストン氏の原作で、これを小長谷昂平さんが日
   本語版にして、福田岩緒さんの限りなく優しい愛に包まれた
   温かい絵とともに世の中に送り出された。
 
   読者のみなさんがこの本を手に取って、1ページ、1ページ
   と繰っていけば、行くごとに絵とともにこの世界に浸りきる
   だろう。
 
   のるまんじいは自分の子育てのしくじりを見せつけられるよ
   うで心がきゅんとなった。そしてまた、ここに登場する男の
   子をある時はわが息子になぞらえ、そしてまたわが子ども時
   代になぞらえていた。
 
   「親は子どもから学ぶという」そしてまた「親は子どもによ
   って育てられる」とも言う。まことに意味深いことばだと思
   う。
 
   なお、本書を出版した「いのちのことば社」という出版社は
   キリスト教のプロテスタント系の立場でたくさんの心温まる
   児童書、絵本を子どもたちの手に届けている。上のところで
   紹介すると「あれっ?」と思う方もおられるだろうかと、あ
   えて書かなかったが、こんな表現が出てくる。
 
   「神さまから与えられた愛がこもっていた」
 
 
   「だから今、こうしてひざまずいているのだよ」
 
   ここで話を一転させよう。
 
   のるまんじいには2人の息子がいる。
 
   そこで考えた。
 
   男親と息子の関係をみなさんはどんなふうに捉えておいでだ
   ろうか。
 
      父親の周辺がそのすべてであった幼児期から、学齢期を迎え、
   体つきもころころしていたとばっかり思っていたのが、気が
   つけばいつのまにかそいつらはそれぞれに背が高くなってい
   た。だんだんと成長してきて、自我が目覚め、やがて「自分
   だけで大きくなったような顔をする」反抗期が防ぎようもな
   く荒波のようにやってくる。
 
   それでも。
 
   息子たちがまだ可愛かったとき、のるまんじいは人生の先輩
   である人からこう言われた。
 
   「あのねえ、子育てというのはねえ、15歳過ぎてからが楽
   しいんだよ」と。
 
   今にして思えば、膝を叩くところだが、そのころはことばの
   真に意味するところがわからなかった。そのころ、その人は
   ご長男との関係が大変だったんだろうとわかったのはそれか
   ら何年も過ぎてからだった。
 
   「男の子は父親の背中を見て育つ」と言う。はたまた、この
   父親という壁を乗り越えようと父親と闘うとも言う。のるま
   んじいにも父親はあって、この父に対しての反抗も激しかっ
   たとこの年になって改めて思う。
 
   我が家でも、思いもしないころ、低くなった声で「おやじ」
   なんて人のことを呼ぶようになって。同性ゆえの厳しく激し
   い対立が時にはあり、「うぬぬ〜」などと力ない声しかこち
   らは出なかったりしている。
 
   あの「小さいころのむつまじい親子の関係」ってなんだった
   んだろうとそうまで思わせてくれるやつら。「むさ苦しい〜
   」とうざったく思うことだって言っちゃあなんだがしばしば
   だけど。
 
   だからか。
 
   今回ご紹介させていただいた『むすこよ』を初めて読んだと
   きは、いきなりぐっとつきあげるものがあって、いきなり目
   の前の景色が滲んでしまった。恥ずかしくて顔が上げられな
   いそんな状態だった。
 
   どうものるまんじい、年を重ねるごとに涙腺というものが緩
   んできたようだ。ちょっとしたことで「じわぁ」として、下
   手をすれば人前でだってあぶない。
 
   さて。
 
   そんなうざったいむすこたちであるが、日本ではわが「むす
   こ」のことをよそさまに話すときには、謙譲語としての「愚
   息」を使う。人によっては「愚」すなわち「おろか」という
   意味からこのことばを使うのを嫌がられる方もおいでではな
   いか。
 
   しかし、のるまんじい、口の中で繰り返していくうちに、こ
   のことばの中に大きな温かみを感じ出した。親の愛というの
   か。わが子を可愛らしくてたまらないというか、誇らしいと
   いうのか。みなさんにわがむすこを見てほしくて、そしてひ
   とことでも褒められたらうれしくてたまらないというような、
   そんな親ばかの温かさを十分に感じることができたように思
   えた。
 
   子どもには親のいいところだけ取っておとなになってほしい
   のに、そうは問屋が卸してくれない。「なんでそんなところ
   が似るんだろ」というところをしっかり引き継いでくれてい
   る。
 
 
   中村草田男氏の代表的な俳句を思い出した。
 
 
 
     万緑の中や 吾子(あこ)の歯 
 
 
 
               生え初(そ)むる
 
 
   わが愚息のそれまで土手だった歯茎に、(これはまたこれでか
   わいいものだが)純白の下歯が2本顔を出したのを見つけたと
   きのあのうれしさはない。
 
   考えてみればやはり、子どもによって学びをさせてもらってい
   る。そしてその1つ1つが発見と感動に幼いときは包まれてい
   た。これが親の喜びなのだろう。
 
   おとな向け絵本である。
 
   今、子育て真っ最中のとうちゃんたちに、特にわんぱく坊主に
   手を焼いているとうちゃんたちにこそお薦めしたい1冊である。
   そして、まだそこまで行っていない人生の道を今歩いている人
   にも、はたまた子育てをすっかり卒業しちゃったじいちゃん、
   ばあちゃんたちにもお薦めする。
 
   あるサイトでの読んだ子どもの感想を最後に載せさせていただ
   こう。
 
   「イイ話や……」ととうちゃんが言ったら、むすこは「でもお
   父さん、怒ってばっかだね」と言ってそうで。おやじ、完敗で
   ある。
 
   
 
   ==============================================================
 
 
 
 
 
          むすこよ
 
 
 
 
     
                 Son,I do love you
 
 
 
 
 
                  小長谷 昴平/文
                  福田 岩緒/絵
                  W・リビングストン/原作      
   
 
         
      
           
                           2002年7月 初版 いのちのことば社刊
             
 
 
 
           いのちのことば社のホームページは
 
 
         http://www.wlpm.or.jp/
     
   
 
   
   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
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「アイスクリームの国」

  • 2013.07.10 Wednesday
  • 00:01
JUGEMテーマ:気になる本

 

 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

 

     アイスクリームの国     

   

 
 

         〜詩人が贈る絵本〜    

 

 

            


               アントニー・バージェス/作 

                              ファルビオ・テスター/絵

               長田 弘/訳     

 

  
 ===========================================================

 

   

      

  例年になく早い梅雨明けだったとか。毎日うだるような暑
  が続いている。

  
早くも最高気温が平熱時の体温を簡単に上回って、これで
  かとばかり容赦なく襲ってくる。熱中症にはくれぐれも気

  つけよう。こまめに水分補給をしよう。


  さて。こんな暑い時だから、こういう1冊はいかがかと思って
  取り上げることにした。

 


      だれもが「そこ」にあるといいました。

      しかし、「そこ」というのは、どこ?

 

   

  この2行がおそらくこの絵本『アイスクリームの国』のテ

  マなのだろうと思う。

 

  ある日、ジャックとトムとぼくは、飛行船に乗って、「そこ
  
」をめざして、旅にでることにした。

 

  (この3人は何者なんだろう?いくつぐらいなの?どこに住

んでるの?そして「飛行船だって?」)

 

  まあ、疑問は脇に置いといて。

  
いざ、「アイスクリームの国」探しの旅に!

 

  どこにあるのともわからない「未知」の場所を探すという冒
  険
の旅に。

 

  (考えてみれば、飛行船での冒険だなんて随分とロマンティ
  
ックだなあ)

 

  ここに1枚の不思議な地図がある。山の峰々が重なるように
  
険しく聳えたっているのだが……。

 

  アルプスかはたまたヒマラヤの峰々か……?

 

  その山々につけられた名前が書かれている!注意深く読むと

  こんなふうに書かれている。

 

  「アプリコット・アルプス」「チョコ・ピーク」「グレート

  ・ストロベリー」「ミント・フロスト マウンテン」「モン

  テ・ピスタチオ」……。

 

  えぇっ?

 

  何だって?どこかで、聞き覚えがあるじゃないか!なんとま

  あ魅惑的な名前なんだろう。地図の下のところにはご丁寧に

  
  「アイスクリームの国」とまであるじゃないか!  

 

  そこがたとえ“サーティワン”や“ハーゲンダッツ”のショ

  ップでなくても、そしてキッズでなくて、いい年をしたおっ
  
さんでも、こんな山だったら全部制覇してみたくなるじゃあ
  
ないか!アイスクリーム好きにはたまらない地図だ!「グレ
  
ート・ストロベリー」なんかぜ〜んぶピンクの山だ!

 

  「甘いものが苦手なんだ!アイスクリームなんか見ると思わ

  ず目をそむけたくなる」そんなこと言う人以外は、ね。

 

  閑話休題。

 

  ぼくたちが旅に出たのには、訳があったんだ。

 

  それは、ジャックとトムとぼくの3人がレストランで夕食を

  とっていたときのことだ。となりの席に座っていた大きな赤

  ら顔の人とウエイターが話をしていたのを聞くともなしに聞

  いてしまったのだ。だって、それは滅茶苦茶大きな声だった

  んだもん!

 

  その人はついこないだまで野生のアイスクリームの国に6か

  月もいて、もうアイスクリームを、そうウエイターが注文を

  訊いたデザートのアイスクリームでさえ、2度と目にしたく

  もないし聞きたくもないというのだ。

 

  「えーっ、『野生』のアイスクリームって?『アイスクリー

    ムの国』に6か月?その間、好みのアイスクリームを食べ放

  題?」「『2度と目にしたくない』なんて、なになにそれ、

  めっちゃ贅沢じゃん!」

 

  思わずぼくら3人は顔を見合わせてしまった。そしてお互い

  の顔に浮かんだ喜びにあふれた、それでいてその喜びの中に
 
  何かやりがいのある“悪戯”を見つけた表情を読みとった。

 

  こんな話を聞いてしまったものだから、さあ大変!ぼくたち

  はどこにあるかわからない「アイスクリームの国」を目ざし

  て旅に出ることにしたのだ。

 

  「やるっきゃないじゃないか」ってさ!

 

  このあと「ぼくらの探検の旅の日記」が綴られていく。

 

     アイス月曜クリーム日

     アイス火曜クリーム日といったぐあいに……ねっ。

 

  ポップで、キュートで、ナンセンスで、そしてシュールで。

 
  アイスクリームの国から、おとなのあなたに特製の絵本の贈

 
 
  
   
り物、そんなメッセージがあった。

 

  予想外の展開、そしてこれまた想像もしなかった結末(これ

   を“オチ”と呼んでも構わないだろうか)があなたを待ち受

  けている(笑)。ヒントが意外なところに隠されている!で

  も、それを書いたら面白さが半減しちゃうから書かない。

 

  この結末をみなさんはどんなふうに受け止めるだろうか。「

  ガチョーン」となったのは、のるまんじいだけれど。

 

  詩人の長田弘さんが選んだ「詩人が贈る絵本」の7冊うちの

  1冊が本書『アイスクリームの国』だった。

 

  長田さんの鋭敏な感性、感覚に魅かれその作品や著作に触れ

  たいとつねづね思っていたところ、ある日みすず書房からこ

  のシリーズが出版されたことを知った。

   

   

  このシリーズは「大人向け」の絵本のようであるし、という

  よりもそこに「おとな」の雰囲気を感じたのだった。

 

  それだけでなく、本書にはほかにも関心があった。

 

  この物語の作者は、イギリス生まれのアンソニー・バージェ

  スという(のだそうだ)。この人はディストピア(反理想郷

  ・暗黒社会)小説『時計じかけのオレンジ』の作者として有

  名だ。

 

  「えーっ、誰それ?おれら知らないよ」そんな声が若い人た
  ちから聞こえてきそうだな。

 

  そりゃそうだ。無理もない。のるまんじいが高校生のころ、

  思いっきり背伸びをして、何が何だかわからないままに、
  タンリー・キューブリック監督がメガホンを取った映画で

  本で1972(昭和47)年に公開された『時計じかけのオレン
ジ』
  を見たんだもの。原作ともなれば、それよりももっと前
だ。
  原作は1962(昭和37)年に発表されたんだ。

 

  そのころののるまんじいいはというと、映画の中身は、何が
  
何だかちんぷんかんぷんだった。

 

  「人は、世界という果樹園に生え育つ世界樹という木になる

  果実だ」(『時計じかけのオレンジ』より)

 

  原作翻訳本の帯にはそうあった。ますます「何のこっちゃ」
  
の迷路に足を踏み入れてしまった。   

 

  こうなったらと、ウィキのお世話になってみた。

 

  暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任

  と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイ

  ア(風刺)的作品。説話上は近未来を舞台設定にしているが

  、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、キューブ

  リックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪

  の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。原作同様、映

  画も主人公である不良少年の一人称の物語であり、ロシア語

  と英語のスラングで組み合わされた「ナッドサット言葉」が

  使用されている。皮肉の利いた鮮烈なサタイア(風刺)だが

  、一部には暴力を誘発する作品であるという見解もある。

 

  いやはや、困ったぞ。やっぱりわからない。ただ主人公アレ
  
ックスを演じたマルコム・マクダウェルの帽子をかぶったあ
   
の顔がとても印象深く今でも覚えている。

 

  この年になったら、“小説”でも“映画”ででも理解できる

  だろうか。

 

  当時は、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」や映画

  音楽「雨に歌えば」を映画の中で使って話題になったそうだ
  
が、レイプのシーンで「雨に歌えば」を使っただなんて、そ
  
れ自体を覚えている訳ではないが今更ながらにショックであ
  
る。

 

  そういえば余談だけれど、日本では小栗旬さんが以前にアレ
  ックスを舞台で演じたそうで、さてどんな舞台だった
か、興
  味が尽きない。(それより前に山本耕史さん主演の
『ドリア
  ン・グレイの肖像』も気になった)再演の機会があ
ったらぜ
  ひ見てみたいものだ。

 

  この絵本と「時計じかけのオレンジ」とのあまりのギャップ

  もおもしろいだろう。いやいやその2作に地下水脈のように

  流れる“共通点”を見つける方が楽しいかもしれない。

 

  それにしても。

  
この本を読んだから、という訳ではないが、無性にアイスク
  
リームが食べたくなった。ソフトクリームも捨てがたいなあ。

  
甘すぎないソフトクリームを食べたいなあ。北海道のまちむ
  ら農
場のなんか美味しいよね。

  
もし、もしもだよ。本当に“アイスクリームの国”があった
  
なら、今にもすぐに探しの旅に出かけたい気分だ。

 

  一般向け。のるまんじは特に「おとな向け」とこだわらなく
  
てもいいように思うが。作品のどこかに読み切れていない秘

  密が隠されているのだろうか。中学生以上、すべての世代の

  方にお薦めする。

 

 

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    映画「時計じかけのオレンジ」の予告編

 

 

http://www.youtube.com/watch?v=v7_40Y393xI

 


 

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    まちむら農場のショップのサイトです

 

 

 http://machimura.mimoza.jp/shop/

 

 

 

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「親父の一番長い日」

  • 2013.06.26 Wednesday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

 

 

        親父の一番長い日

        

 

        

 


                 さだ まさし/作

                 梅田 俊作/絵      

 

              
  ==============================================================

 

   

 


  ジューン・ブライド――

 

  「6月の花嫁」をそう言うのだそうだ。というか、世情に疎
  い
のるまんじいでさえ、さすがにそれぐらいは知っている。

 

  なんでも、ローマ神話の結婚をつかさどる女神Junoから
  き
ていて、「婚姻と女性の権利を守護するこの女神の月に結
  婚す
れば、きっと花嫁は幸せになるだろう」というのだそう
  な。

 

  ということで、これは湿気の少ないヨーロッパでの風習で、
  ち
ょうど梅雨どきにあたる日本の場合、披露宴を考えると些
  かお
呼びする側も片やされる方も「ちょっとねえ〜」という
  ことか
らだろうか、さしもの結婚式場でも意外と苦戦のご様
    子である。

 

  「わざわざ、そんなときにしなくったってねえ」というのだ。

 

  結婚――今でこそ、家と家の間のものだという意識が少しず
  つ
薄れてきているものの、まだまだ大変な一大行事である
  こ
とに変わりない。

 

  そして、忘れてならないのが「花嫁の父」という存在ではな
  いだ
ろうか。

 

  もちろん、世の中にはいろいろな「花嫁の父」がおいでにな
  っ
て、中には「駆け落ちでもしてくれて、後になって孫でも
  連れ
てきてくれたらたら最高!」(本心かどうかは定かでは
  ないが
)とか「なんでもいいから、とっととこのうちから出
  て行って
くれ!」などというご意見も少数ながらあるようだ。

 

  がしかし、ここはやはりオーソドックスな「花嫁の父」にご
  登
場願うことにしたい。

 

 

 

   おばあちゃんは夕餉の片付けを終えた時

   弟は二階のゆりかごの中で

   僕と親父は街頭テレビのカラテ・チョップが白熱した頃に

   妹の誕生を知った

 

   それから親父は占いの本と辞書と首っ引きで

   実に一週間もかけて

   娘のために つまりはきわめて何事もない

   ありふれた名前を見つけ出した     

 

   お七夜 宮参り 夫婦は自画自賛

   可愛い娘だとはしゃぎ廻るけれど

   僕にはひいき目に見ても しわくちゃの失敗作品

   やがて彼女を訪れる不幸に胸を痛めた

   兄貴として

 

   妹の生まれた頃の我が家は

   お世辞にも豊かな状態でなかったが

   暗闇の中で何かをきっかけに灯が見えることがある

   そんな出来事だったろう

 

   親思う心に勝る親心とやら

   そんな訳で妹はほんのかけらも

   みじめな思いをせずに育てられた

   ただ顔が親父に似たことを除けば

 

        (以下略)

 

 

  「この詩、どこかで見たことがあるなあ」と思われた方も多
  く
おいでだろうと思う。いつもの如くで恐縮であるが、「ま
  むし
」(さだまさしさんのファンをこう呼ぶらしい)を自認
  するの
るまんじいが、「おや!この絵本いいんじゃないの」
  といつか
ここで取り上げようと心密かに温めておいた1冊が
  この『親父
の一番長い日』である。

 

  わが子の誕生を心待ちにして、いざその瞬間が近づくと男親
  と
いうのはこれほどまでにだらしなく落ち着きなく、熊のご
  とくあっちへう
ろうろこっちへうろうろ徘徊し、そわそわす
  るものか(という
かしたことがある())。この頃は出産に
  立ち会うパパが増えたそうだが
、さすがに「それはちょっ 
  と
……」であった。

 

  産湯をつかって、ベッドで休むわが子を初めて見た時の感激
  は
その日の天候とともに忘れられるものではない。但し、こ
  のと
き、今現在のウザさを誰が想像したことであろうか?

 

  愚息誕生の話である。

 

  男の子であってもかようであるから、世のパパぎみたちにと
  っ
わが娘の誕生ともなればおそらくもうそんなではない
  の
だろう。幸か不幸かその栄誉に浴す機会をのるまんじいは
  逸し
てしまったが。

 

  娘が誕生した瞬間から、嫁になる日そしてそれまでに出現
  
する“ライバルのことを娘の父は考えるのだそうだ。考
  てみるに、子どもの立場からすれば、それぐらいの厚遇を以
  
って迎えられたいだろうけれども。

 

  古くさいなあと思いながらも、つい笑ってしまうテレビCM
  が
あった。「大きくなったらパパのお嫁さんになってあげる
  」とい
うどこぞのCMである。このごろでは、その続きがあ
  って「だ
から、それまでにママと片をつけておいてね」だっ
  たかな。(
正確に記憶していないので、そこのところはご容
  赦を)

 

  こんなことばを自分の分身のような愛くるしい娘から言われ
  た
ら、そりゃあ世のパパぎみたちの鼻の下の伸びまいことか。

 

  「おとうさんの洗濯物と一緒に洗わないでよ」と割り箸でも
  っ
てパンツなんぞを除けられるその日がやがて来るとも気づ
  かず
にである。またそうでもなけりゃ困るか。

 

  さっさと伴侶になるべき男を連れてきてもらわなくては。

 

  さださんはこう表現なさっている。

 

 

     或る日ひとりの若者が我が家に来て

     「お嬢さんを僕にください」と言った

     親父は言葉を失い 頬染めうつむいた

     いつの間にきれいになった娘を見つめた

     いくつもの思い出が親父の中をよぎり

     だからついあんな大声をださせた

     初めて見る親父の狼狽 妹の大粒の涙

     家中の時が止まった

 

 

  ここで絵を担当されている梅田さんの1枚を見て、「うう、
  さ
すがプロだねえ、こうきましたか」と思わず唸ってしまっ
  た。
この1枚の絵だけを見ていただくとしても、本書を手に
  取
る価値が十分にあると思う。うますぎる!

 

 

  さらに。

 

 

     とりなすお袋にとりつく島も与えず

     声を震わせて親父はかぶりを振った

     けれど妹の真実(ほんとう)を見た時 

     目を閉じ深く息をして

     小さな声で

 

     「わかった 娘はくれてやる その代わり一度でいい

     うばって行く君を 君を殴らせろ」と言った

     親父として

 

  「時代錯誤も甚だしい。娘はものではない」そんな意見が飛
  び
出しただろうか。それでも、これが親父さんの本音ではな
  いだ
ろうか。そんなせりふを「女々しい」と言われようとも。

 

  それで思い出したことがある。

 

  ちょっと横道に逸れることをお許し願いたい。いつのことだ
  っ
たか定かではない記憶の片隅に眠っていたものだ。

 

  ある山の手の「奥さま」とそちらを訪ねた方とのそれは自
  
然なやり取りの1コマだと思っていただきたい。

 

  「あちらのおじょうさま、お片づきになられたそうでまこと
  に
よろしゅうございましたわね。(後略)」

 

  これまた正確さを欠くかもしれないが、そのようなことばだ
  っ
たと思うのだ。「お片づきになられて」という表現が余り
  にも
耳に新鮮に響いてきた。というか今までに聞いたこと
  がなかっ
たので驚いたのだった。

 

  そういえば、「娘も片づいたことだから」と父親が呟く場面
  が
テレビの画面から流れていたが。それとはまた随分と趣の
  違っ
た「お片づきになられて」だった。

 

  閑話休題。

  
この詩は1978(昭和53)年の「軽井沢音楽祭」のためにと書か
  れ
たものであるらしく、当時、作曲家の山本直純さんと「今
  まで
にないものを作ろう」とさださんは話し合っていたそう
  だ。その
山本さんもすでに鬼籍に入っておしまいになって久
  しい。

 

  山本さんの編曲による約1230秒の上質なドラマである。

 

  まだ愚息たちが小学校の低学年のころ、渋谷にあるBunkam-
   ura
のオーチャードホールで行われたさださんのコンサートに
  連れ
だってのこのこと出かけたことがあった。この時は、オ
  ーケス
トラが入るということで特に期待をしていた。

 

  クライマックスを迎えたところで、この「親父の一番長い日
  」
が演奏されることになった。そこへ山本直純さんが指揮者
  とし
て紹介され、登場したのだった。こちらからすれば、予
  想だに
していなかったことで、それはもう感激で、他の観客
  とともに演奏に聞き入ったの
であった。

 

  今さら曲がどうのこうのという説明をするというのは、野暮
  の
骨頂というもので、書くつもりはない。その場にいられた
  こと
をどれほど幸せと思っただろうか。

 

  なお、この曲の初演の指揮をしたかの岩城宏之さんが、編曲
  を
激賞し、「直純一世一代の名アレンジだ」とさださんに伝
  えた
そうだ。岩城さんと山本さんは親友だった。二人は今頃、
  あちらでコンサートを開いていることだろう。

 

  梅田さんはご自分のお嬢さんの「いつか」を重ね合わせて絵
  に
なさったそうだ。どれもそれぞれに素敵な作品である。ま
  た、
この本に使われている紙が上質で平板でないところがと
  てもい
い。

 

  一般向け。まむしでなくても、みなさんに感動をおすそわ
  
けできるそんな1冊である。これからライバルを迎え撃つ
  
お父上にも、そしてそんなことあったなあという年代のみな
  さ
んにも一読をお薦めしたい

   

 

 

 =============================================================

 

 

 

 

   親父の一番長い日

        

 

        

 


                さだ まさし/作

                梅田 俊作/絵 

 

         

      

           200212月 初版 サンマーク出版刊

             

             

 

 

            サンマーク出版のホームページは

 

         http://www.sunmark.co.jp/

 

     

   

 

  

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 <

「いつか、ずっと昔」

  • 2013.03.23 Saturday
  • 12:37
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 
 

  【こんな一冊の本】

  

 

 

 

        いつか、ずっと昔

        

 

        

 

                江國 香織/作

                荒井 良二/絵       

 

 

   ============================================

 

   

 

  東京でもさくらの花が咲き出したと思ったら、日々その数を増
 して、すでに都心では昨日満開を迎えたという。


   世の中に絶えてさくらのなかりせば

      
         春のこころはのどけからまし


 在原業平の代表的1首だが、だからこそさくらの花の散るのが気
 になり、さくらが愛おしいのだ。さくらの花の咲かない春なんて
 さ……。のるまんじいの大好きな1首である。
            
 
そんな花の美しい夜にふさわしいこんな本は如何だろう。

 
あと10分できょうが昨日に変わろうとしている。

   

 夜桜見物をしようとれいこと浩一は駐車場に車を停めた。思っ
 よりもそこは空いていた。

 

 れいこは浩一の腕に自分の腕をすべりこませる。ゆるい坂道を
 ぼると、そこにはもう桜並木が始まっていた。坂をのぼりつ
める 
 と、いきなり展望がひらけて、見渡すかぎりの桜がつづい
ていた。

 

 腕をすべりこませるだなんて、いい時の頃だなあ。えっ?みなさ
 んずっとそうしているって?それは、とんだご無礼を……。

 

 さくらの花の咲くころ、空気はまだひんやりとしている。まし
 や夜気に身を包まれて、夜桜のもとで宴をするとなるとそれ
なり
 の身支度を要する。まあ、アルコールを体内に流し込みさ
えすれ  
 ば、さほど寒さは感じなくなるかもしれないが、それが
下戸の身
 にとってはそうともいかずこの種のお誘いはあまり有
り難くなか
 った。

 

 ただ、さくらの下での宴はそこを足早に通り過ぎていく人に対し 
 て、高揚感からくるものなのか不思議な何かしら優越感のよ
うな
 ものを感じて心地よかった。これを他人は“酔っ払い”と 
いう
 のかも知れないが。

 

 酒も飲まないのに、酔っ払ったか、のるまんじい。

 

 (幻想的な空間の広がり、そして何かを予感させる空気)

 

 さくらには人間が感じ得ない霊気というのか、妖気といったら
 いのか、うまく言い表せないがそういう何かをそれも一つや
二つ
 でなく己が身に“宿して”いるように感じ、いにしえびと
から連
 綿と、今に至るまで人々はそれを口にし、また文章とし
て残して
 いった。

 

  濃紺の闇に、白い花がしんとしずまりかえって咲いている。有
 かなしかわからぬような微風が通りすぎるだけなのに、その

 びに花びらは舞い落ちていく。

 

 (さくらの花以外ではこの世界は作れない)

 

 「こわいみたいにきれい」

 

 (しばらく立ちつくすふたりに花びらたちは無言の祝福を贈る)

 

 「この桜がちるころには結婚式ね」

 

 れいこは浩一の腕にもたれて、うっとりと夜桜をながめた。

 

 (ふたりは思いもしないだろう、今が幸せの絶頂だということを)

 

 (この漆黒の闇の中で、なんのためにだろうか惜しげもなく花
 らを散らす。音はしないのに、それでいて、ショパンのピア
ノの
 調べを聴いているような、そんな錯覚におちいる)

 

 (寒く感じるはずなのに、夜気の中でさえ暖かさを感じるのは
 に愛する人がいるから?)

 

 世界がたったふたりだけのためにあるように思う。

 

 そのとき。

 

 一本の木の根のかげから、しゅる、と音がして、細いへびがあ
 われた。それは美しいへびだった。へびはかまくびをもたげ
て、
 黒い目でじっとれいこをみつめた。

 

 ふしぎな、なつかしい気持ちがしてれいこもへびをみつめた。

 

 いつか、ずっと昔、自分はへびだったことがある、と思った。
 の前のへびは、れいこがへびだったころに恋人だったへびだ
った。
 いつのまにかれいこはへびにもどっていた。

 

 そして、始まるふたり(2ひき)の会話。

 

 「もうずいぶんながいこと、俺はおまえをさがしまわったぞ」

 

 不思議に歪んだ空間がそこにできたのだろうか。

 

 「いつか、ずっと昔」とは、そういうことだったのだった。「
 」という時空を飛び越えてしまって、“前世”と表現したら
いい
 のだろうか、そんなあの“昔”である。れいこの忘れ去っ
た記憶
 を封印してあるはずのよもや動くはずのない原初の部分
が突然目
 覚めてしまったのだった。

 

 これは夜桜のなせる業なのだろうか?はたまた……。

 

 人間になる前のへびのれいこはその“時”の恋人と今ひとたびの
 逢瀬を楽しむ。

 

 木の枝でねむろうとしていたへびのれいこをみつめる気配を感じ、
 その方に目をやると、白くて、まるく太った、ぶたがうろ
うろと
 動き回っていた。そのうすよごれた背中は、どこかさび
しそうだ
 った。

 

 れいこは、いつか、ずっと昔、自分は豚だったのだと思った。

 

 このあと、れいこはいくつの“いつか、ずっと昔”と出会うこ
 になるのだろうか。

 

 れいこは、“いつか、ずっと昔”のその時々に、こころからパ
 トナーを愛した。

 

 この世にあって、結婚という、人生において大きく新たな船出
 時にれいこからすれば“いつか、ずっと昔”との出会いは一
体何
 を意 味しているのだろうか。

   

 れいこの“旅”はこれだけにはとどまらないような気がするのは、
 のるまんじいだけではなかろう。

 

 いつかずっと遠い未来のあるとき、またきょうのように振り返る
 ことがあって、“いつ
か、ずっと昔”人間だったとき、浩一とい
 う男性を真剣に愛し
たことがあったと懐かしく思い出すことがあ
 ってもちっとも不思
議ではない。

 

 そして、この物語の結末やいかに、と気になるところだが。

 

    それにしても、この本を「いいなあ」と思うのは、江國さんの
 章に添うように描かれている荒井さんのそれぞれ水彩の世界
の中
 に独特な味わいを感じるからなのだろう。

   

 文章が勝つでなく、絵がまさるでなく、それでいてそれぞれもた
 れかかるでなく、一種の緊張感が漂うその世界。そんな絵
本であ 
 る。

   

 以前、よそでやはり荒井さんの手になる「大人の絵本」を読んだ
 
ことがあったので、大きな驚きが今回はなかったが、初めて目に
 したときは、その文章とあいまって心にぐんと迫ってくる
ものが
 あって、怖くなりほうほうの体で逃げ出したのだった
()。この
 本
については、いずれここでご紹介させていただくつもりでいる
 
ので、あえて題名を伏せること、ご了解いただきたい。

 

 さくらが持つあの不可思議な魅力、いやいや“魔力”といって
 よいかも知れぬ、そんな魅力を秘めている本を、“さくら”
をモ
 チーフにした本をこの時期に決まって探している。

 

 誘われることさえもその“魔力”の力かも知れぬ。

 

 今回のこの本もその“力”を遺憾なく感じさせてくれる。

 

 昼見るさくらは可憐で清楚な感じがするのでこちらも安心して
 ることができるのだが、一転闇の中に身をおいてしまうと、
あま
 りに妖艶で、我々の知らないものたちもその美しさを愛で
ている
 のではないかという気さえしてくる。

 

 それがたとえ魑魅魍魎であったとしても。そう、魔界の者たち
 人知れず闇夜の宴を楽しむのではなかろうか。

 

 これで、最後。

 

 いかにも、蛇足っぽいが。

 

 この本の題名の『いつか、ずっと昔』であるが、なんともいい
 名だなあ。ことにこの中の「、」(読点)が効いているなあ
。こ
 の記号1つあるなしによって随分と雰囲気が変わってくる。

 

 この「、」は料理でいう「塩1つまみ」とでもいおうか。まこと  
 「いい(良い)加減」に仕上がっている。

 

 そしてまた文章のことばの吟味も「すごいなあ」と感じさせて
 れる。

 

 だからこそ、みなさんに楽しんでいただけたらと思うのである。

 
一般向けではあるが、おませな高校生あたりからなら楽しめる
 ろうか。中学生が読んでくれたらうれしいなあ。“いつか、
ずっ
 と昔”にお心あたりのある方にはぜひにとご一読をお薦め
したい。

 
なお、荒井良二さんの、この本についてのコメントが下記にあ
 ので、お立ち寄りいただけるとさいわいに思う。

 

 http://www.ehonnavi.net/ehon/10630/%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%80%81%E3%  
81%9A%E3%81%A3%E3%81%A8%E6%98%94/

 

 

   

 ==============================================

 

 

 

 

        いつか、ずっと昔

        

 

        

 

                江國 香織/作

                荒井 良二/絵  

 

         

      

             200412月 初版 アートン刊

             (現在はアートン新社となっています)

             

 

 

            アートン新社のホームページは

 

      http://www.a-shinsha.com/

     

     

    
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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「薔薇をさがして…」

  • 2012.05.19 Saturday
  • 08:18
JUGEMテーマ:オススメの本


 

 

 

 

 【こんな一冊の本】

 

 

 

 

       薔薇をさがして・・・・

 

 

 

   

 

 

                 今江 祥智/文

                     宇野 亜喜良/画

 

 

 

 ================================================

 

   

   

 父さんは、腕っこきの大工だった。

 

 その父さんが、仕事場からの帰りがけ、ほんのひとゆれした地
 のせいでおしまいになった。(“おしまい”に傍点がある)

 

 運が悪かったんだよな、ということにされた。なにも、あのゆ
 のとききっかりに、あそこをとおることもなかったのに――
で、
 なにもかにもがおしまいにされてしまった。

 

 実際に何があったかは、本書を手に取ってお読みいただくこと
 しよう。

 
本書はこの部分から始まってはいない。でも。ここがとっても
 事なんだ。

 

 それにしても。

 

 他人だから、言える“セリフ”だよな。

 

 “運が悪かった”。言外に“オレじゃなくてよかった”“わた
 の家族じゃなくてほっとした”という身勝手な安堵がそのこ
とば
 をオブラートで包んではいないだろうか。

 

 “偶然”だから、仕方がない……ってか?

 

 「なにもかもがおしまいにされてしまった」――やっぱり今江
 んはうまい。“されてしまった”というこの一言に当事者の
家族
 の悲しみ、無念の思いがこめられている。そこでは語られ
ていな
 いけれど、残された家族にその後何があったか想像させ
てくれる。

 

 働きに出られるほど丈夫ではなかった母さんとまだ中学生の昭
 のふたり、そして手づくりに近いちっぽけな家だけが残され
た。

 

 たったひとり欠けただけで、空間がこんなに広いものだったか
 感じる。心の隙間に風が吹き込んでくる。

 

 昭夫が大学を出るまでくらい、からださえ達者なら大丈夫だと
 っていた父さんだったのに。

 

 唯一の稼ぎ頭を失った2人が食べていくために選んだ道は……。

 

 洋酒好きだった父さんが仲間と一杯やるときのためにと家につ
 ってあったカウンターがきっかけで、とんとん拍子にある話
が実
 現に向かって 動き出した。

 

 改装を大工仲間で腕がたつ多田さんが引き受けてくれた。父さ
 と母さんがいきつけだった店のバーテンダーの山中さんに指
導を
 仰いだ。

 

 そして。

 

 小さな舞台装置(ステージ)みたいな店ができあがった。

 

 「西洋居酒屋(タバーン)バックステージ」がひっそりと開店
 た。

 

 父さんの大工仲間や山中さんが、舞台稽古(リハーサル)のよ
 に客になってくれていた。そのうちお客がお客をひっぱって
来て
 くれるようになった。

 

 だから。

 

 今夜も忙しい――。

 

 母さんが注文を取り次いでくる。

 

 ――目玉ベーコンひとつ。

 

 ――豆サラ、ふたぁつ。

 

 ――ココット、3つよ。

 

 といった具合に。

 

 昭夫はまだ13歳。夜遅くにこんなところで、なんやかんやし
 いるのは本当はまずいらしい。だけど。そんなことに2人と
もか
 まってはいられなかった。

 

 それは、ある夜のことだった。

 
母さんは店の音(傍点あり)にと昔のLPレコードでジャズを
 けていた。それが、さっきまでのゆっくりしたトランペット
から、
 「降っても晴れても」のスローなピアノの音に変わった
ころだっ
 た。

 

 アキ(昭夫)が初めて見る背中があった。銀色に光って見えた。

 

 でき上がったにんじんのグラッセが置かれるのが見えた。好物
 にんじんを、耳を立ててかじっている銀いろのうさぎの姿が
浮か
 んでくる。

 

 このことがあって以来、アキは決まっていつの間にか現れては、

 消える“銀いろさん”から目が離せなくなっていく。

 

 ここではまだ、今江さんは書いていないけれど、銀いろさんは
 い女性。それは宇野さんの絵によってわかる。

 

 はたしてこの女性だれだろうか……そして、このあとどうなっ
 いくのだろう。それは、言わぬが花というものだろう。ファ
ンタ
 スティックなラブ・ストーリーなのだから。

 

 それにしてもアキはしっかりしている。考え方にしてもだ。父
 んと早く別れたからだろうか。どうもそれだけではない気が
する
 のだが。そして、その“大人びた”たところは、宇野さん
の絵に
 よるところも大きいように思うのだ。

 

 アキにおとなっぽさを、いやそれよりも妖しささえも感じるのだ。
 どんなアキが描かれているか、それはもうお手に取ってい
ただく
 しかあるまい。母さんに淹れてもらったコーヒーを飲む
場面で、
 それはすでに13歳という少年の姿には思えないほど
艶めかしい
 のだから。

 

 正直、宇野さんの描くこの“アキ”とのるまんじいの思い描く
 3歳とは遠くかけ離れている。それで、いいのだと思う。い
や、
 それだからこそいいのだ。

 

 ところで。

 

 作品を読むとき、それ自体を自分に近づけたいと思う時がある。

 

 人はこれを妄想という。

 

 それはともかく。この作品の場合、「西洋居酒屋 バックステ
 ジ」に足繁く通う客のひとりになってみた。

 

 今江さんだったら、関西がぴったりという感じだから、神戸で
 大阪でも、はたまた京都であってもいいように思う。いや、
お母
 さんやアキのやりとりする言葉づかいからすれば、東京や
横浜で
 も雰囲気があうところがありそうだ。

 

 表通りを1本奥に入ったような住宅街にその店はあるだろうか。

 

 夕方からもうすぐ11時ぐらいまで開店しているだろうか。木
 の扉を押す。カウベルの音が迎えられながら入ると、そこは
それ
 ほどは広くない異空間。“居酒屋”とはいえ、チェーン店
のあれ
 を思い出してはいけない。ジャズが流れ、すでにいいに
おいが漂
 う。先客たちの語ることばもさざめきになって流れて
いる。

 

 ひとりで訪ねるもよし、友を誘って空腹のまま行くもよし。そ
 には落ち着いた、それでいて親しげな時間がある。

 

 いつものようにひとりのときは、迷わずカウンターの隅に陣取
 たい。同性の友を誘ったときも同じだろうな。もし、女性と
だっ
 たらちょっと気取ってテーブル席にしようか。

 

 山中さんに鍛えられた母さんのカクテルはどれもがお薦めだろう。
 でも、そんなオシャレなのはこののるまんじいにはにつか
わしく
 ない。いつもはソフトドリンクを相手にアキの作る料理
を注文す
 るけれど、よほどの時は、白ワインぐらい頼もうか。
もちろんア
 キ自慢の料理もあれこれと。

 

 今江さんや宇野さんもそっと店の一隅を占めているかもしれない。
 何しろ、父さんもときどき顔をアキに見せているもの。こ
の父さ
 んのまあ渋いこと。

 

 気がつけば、「薔薇をさがして…」が店を包み始めた。古いシ
 ンソンじみたジャズだ。

   

 シャンソンをこよなく愛するという今江さんに似合いそうな曲だ。

 

 (そういいたいところだが、「薔薇をさがして…」は、実在す
 曲ではないらしい)

 

 ところで。

 

 本書の題名「薔薇をさがして…」であるが、他にもその意味が
 かれている。こちらの方に意味の重みがあるようだ。最後の
ペー
 ジに書いてあるアキの思い。これもまた、大人びた思いだ。
13
 歳の少年がこんなこと考えるだろうか、というような。そ
れも今
 江さんの考えのうちなんだろうな。あんな表情をするア
キならさ
 もありなんか。

 

 あなたは、どう思われるだろうか。それもまた、お読みいただ
 しかないようだ。   

   

 なぜ、薔薇なのか気になって花ことばを調べてみた。いささか
 足のような感もぬぐえないけれども。

 

 「愛」「美」「内気な恥ずかしさ」「輝かしい」「愛嬌」「新鮮」
 「斬新」「私はあなたを愛する」「あなたのすべてはかわ
いらし
 い」「愛情」「気まぐれな美しさ」「無邪気」「爽やか

 

 あるサイトに、こんな具合に載っていた。さすがバラである。

 

 この中に、思いが通じるような花ことばがあるようにも思う。

 

 おとな向けの絵本ということになるだろう。絵本三部作の1冊
 そうだ。また別の機会にご紹介できたらと思う。どちらかと
いう
 と慌ただしい日々をお過ごしのみなさんに一読をお薦めし
たい。

 

 

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「影の縫製機」

  • 2012.01.28 Saturday
  • 00:02
JUGEMテーマ:オススメの本
 
 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

    影の縫製機   

 

 

 

 

            ミヒャエル・エンデ/作

            ビネッテ・シュレーダー/絵                  

            酒寄 進一/訳

 

 

 

   ===========================================

 

   

    

 難しい……。

 

 最後のページまでたどりついて、思わず呻いてしまった。

 

 『影の縫製機』――

 

 この不思議な題名と深遠なる闇に浮かぶ土星とほかの星々が描
 れたカバー絵に出会って、吸い寄せられた。

 

 そして、ミヒャエル・エンデという名前が「おいで、おいで」
 してくれた、……そんな錯覚?

   
 そう、大いなる錯覚に違いなかった……。

 

 それでも、せっかくだからと早速図書館から借り出してみると…
 
…。

 

 まことに地味な装丁。黒なのかそれともそれにとっても近い濃
 の表紙。表紙の中心の円の中にはデザイン化された足踏み式
のミ
 シンが1台。

 

 縫製機とは、ミシンのことか――。

 

 すっぽりとコ―ティングされてしまっている表紙にさわってみ
 い。原書と同じ布張りの装丁ということでここはひとつ直に
ふれ
 たいところだが、「だったら買えば」そんな声が頭の中に
響いて
 きそうだからやめておこう。

 

 ところで。

 

 エンデの作品群の中でちゃんと読み通したことがあるのは、恥
 かしながら『はてしない物語』1冊だけだ。あの2色で色分
けさ
 れた現実と本の世界の妙を感じたくて読み通した。「時間
どろぼ
 う」の『モモ』にはいつものように怖くて未だ近寄れな
いでいる。
 『魔法のカクテル』には、数ページで、ギブアップ。
リベンジを
 誓ったのであるが、きょうまで果たせていない(笑
)。

 

 そんなのるまんじいが果たして本書の紹介文を書けるかどうか、

 悩んでしまったというか、文章を組み立てながらも今こうして
 んでいる。

 

 エンデの絶頂期の詩の19編にビネッテ・シュレーダーが絵を描
 ている。「詩集」なのかそれとも「画集」なのかどちらだろ
うと
 いう感想がおよそにあった。

 

 そのシュレーダーに関して。

 

 ドイツ・ハンブルグに1939年に生まれた。ヨーロッパ的な細や
 な陰影と色彩、柔らかなタッチ、時にユーモラス、時に不可
思議
 で、シュールレアリズムの影響も感じさせるシュレーダー
の世界。
 パターン化された模様や図形の強調にグラフィック・
デザインの
 素養を垣間見せるのも彼女の面白いところだと紹介
されている。
 彼女の描いたペーター・ニクルの『わにくん』と
いう絵本の色づ
 かいには強く惹かれる。

   

 シュレーダーは、その絵本たちのいつもの柔かなタッチとは違
 た、モノクロの明瞭な線を用いた、ペン画と思しきシュール
なイ
 ラストを寄せている。これが、またいい味わいである。

 

 笑いと神秘のわれらが舞台  ほかでは見られるものをごらんい
 だいた
まほうと 夢と かがやくがらくた 気に入ってくれた

 手をどうぞ
さあさ われらが馬車の旅だち!


 こんな誘い文句に乗ってみようと思う。

 
まずは、不可解な絵。表紙裏と裏表紙裏に描かれた絵。

 

 石畳の道が何かの力を受けたように、石が不規則に波うっている。
 そればかりか右ページの隅の方は削り取られた部分がある。

 

 そのむこうに横向きの大きな人影。上は濃く、下に行くに連れ
 かすかになっていく。その人影と対峙するように左ページに
1匹
 のカメがいる。カメの背後から光が当てられている。カメ
は何を
 思っているのだろうか。その左には土だか砂だか……。

 

 ずっと向こうの空は朝焼けかそれとも1日の名残か。全く違っ
 雨雲なのか。

 

 なにをこの1枚は語ろうとしているのだろうか。

 

 さて。

 

 『透明人間』

 

   そのむかし ひとりのおとこがいた

   なやみの種は 目に見えないこと

   だけどむかしから 見えなかったわけじゃない

   じわじわと 消えていったんだ

   けれども まほうや のろいの せいじゃない

   事態はもっと深刻!

  

        (中略)

 

 どうにか自分の存在をわかってほしくて男はあれやこれやと思
 つくことを試してみる。それでもしょせんそれははかなく虚
しい
 抵抗でしかない。

 

 最後はこう書かれている。

 

   おとこは死ぬまで仮面をかぶりつづけた

   ここでひとつ 子どもにもわかる

   だいじなことを 書いておこう

 

        (後略)

 

 人間にとって、いちばん恐いことは他人から「無視」されるこ
 だそうだ。「透明人間」とは、さも便利な存在のように映り、

 れになるための“魔法の薬”を求めて、などという物語が子
ども
 のころ“ロマンティック”に思えたけれど、今になれば、
それは 
 「元の姿」に戻れるという“約束”というか“前提”が
あっての
 ことだとわかる。

 

 「見えない」ということは、その存在がわからないということ。

 もしかすると、この世の中に、「透明人間」たちがわたしたち
 周りにたくさんいるかもしれない。今まで、空耳だとばっか
り思
 っていた声が透明人間の小さな叫びだったら……。

 

 詩の最後の「だいじなこと」は、あえて省いた。そここそ読者
 方に本で読んでいただいた方がいいだろうから。

 

 でも、これだけは。

 

 最後のところを描いた絵が怖い。

 

 

 『影の縫製機』

 
   
縫製機 
  
たたずむ
  
夜の砂丘
  日の出まで
  
ブラバントの服きた
  
女が七人
  
ぬいもの はげむ
  
むかうは縫製機
  
しっとりとぬいつける
  
黒いリボン
  
つぎなる おんなの

  フランドル風スカートに

 

 左ページはいずれもシュレーダーの絵の世界であるが、ここで
 砂丘に立ち朝日を浴びている縫製機が描かれている。しかも
その
 ロゴには「ENDE」とある。右ぺ−ジを飾る上の詩が、
縫製機
 をあかね色に染めるおひさまの光の筋のように並べられ
ている!
 (実際には、もっと絵画的で美しい)

 

 次のページには

  
朝日をあびておんなたち

  列をなしてゆるゆると

  家路にむかう

  かえり道

  背後にのびる
  
ながい影
  
砂丘のうえの

  縫製機
  
役目をおえて

  満ち潮にのまれ

  よせては

  かえす

  波の

  

 
こちらも同様に光の筋になっているが、その上に。行によって
 イント数を変えたり、またそれぞれの行間のスペースを変え
たり
 とより一層、“絵画化”している。これ、版下作業の人、
大変じ
 ゃなかったかしら。でも、きっと嬉々としてやっていた
だろうな。
 そんな気がする。

 

 最後に、『綱渡り』を。

 

  そのむかし ひとりの綱渡りがいた

  なまえはフェリックス・フリーゲンバイル

  だれもがみとめる

  不世出の綱渡り

  だいじなのは 金じゃない

  人気を博すためでもない

  名声にもまるで 興味なし

続きを読む >>

「スーツケースに時間をつめて」

  • 2012.01.25 Wednesday
  • 00:11
JUGEMテーマ:オススメの本

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

        スーツケースに時間をつめて

 

 

 

                ダレン・シムキン/作・絵

                ダニエル・シムキン/絵    

                                           角田 光代/訳     

    

 

 

   ============================================

 

   


 人は“青春”時代と呼ばれるころ、人生の目標を高く掲げ、何

 においてもより潔癖を求めたがる傾向があるようだ。時には
“融
 通が利かない”と人から揶揄されようともである。

 

 “とことん”“徹底的”“完全”“完璧”でなければならぬと思
 う。
時にそれは、多少犠牲を伴おうとも、人を傷つける恐れがあ
 っ
たとしても果たさねばならぬことだと信じる。

 

 それこそが“若さ”の特権だとでもいうように。

 

 それが、

 

 やがて荒海と表現される社会に出て、“酸いも甘いも噛み分け”
 “清濁合わせ飲む”ことをいやでも覚えていくに連れ、かの時代
 の“若き情熱”をそのままどこかに少しずつ置いてきぼり
にして
 いく、そんな人たちが多いのではないだろうか。

 

 偉そうなことをつらつらと書いたが、のるまんじは間違いなく
 ういう人間である。

 

 ところが、

 

 ここに“とことん”“完璧”をいつまでも追い求めた男の子が
 た。(男の子は、やがて男になっていったが)

 

 チャーリーという名前の男の子だった。

 

 パパとママはチャーリーにとても優しかった。友だちだって大
 いたし、笑顔のかわいい女の子もいる。散歩のできる犬もい
た。

 

 そんな何の不満を抱くことのない境遇にあるチャーリーだった
 れど、いつも思うことがあった。

 

 それは。

 

 「これでいいのかな」「このままここにいても、完璧な人生を
 れないのではないか」ということだった。

 

 それで。

 
ある日のことだった。

 

 チャーリーは決心したんだ。今まで過ごした時間と過去をスー
 ケースに全部つめこんで、旅に出ようと。

 

 「完璧だと思える場所を見つけたら、そこで過去の時間を取り
 して、人生を最初からやりなおそうと思うんだ」とパパとマ
マに
 告げたんだ。人生をやりなおすにふさわしい場所をさがし
て、旅
 に出たんだった。見送りにきてくれた女の子にもらった
帽子をか
 ぶってね。

 

 (この時、チャーリーはいくつだったんだろう。絵だけを見る
 まだまだ小さい男の子だけれど。でも、こんなこと考えるも
のな
 のかしら。うーん、わかんないなあ)

 

 チャーリーは歩いた。ひたすら歩きに歩いた。

 

 のどかな森。緑したたり、木漏れ日が注ぐこころ安らぐところ。
 
でも、そこもチャ―リにとって完璧な場所とは思えなかった。

 

 しずかな砂漠。どうもここも違うようだ。チャーリーは違和感
 覚えた。

 

 クジラやアザラシが泳ぐ大洋に臨むところも。

 

 歩いて旅をしているあいだに、いろんなことをチャーリーは学
 でいった。

 

 “仕事”“本”“楽器”“趣味”“スポーツ”“ことば”“不思
 議な
できごと”興味はつきなかった。

 

 でも、そのどれにも心の底まで動くことはなかった。

 

 やがて、

 

 年月は流れ、

 

 すっかり年を取って、旅に疲れたチャーリーが、ある秋の夜に
 づいたこと。それは、

 

 “さみしい”ということ。

 

 チャーリーは孤独だった。

 

 さみしいと思ったチャーリーはどんな行動に出ただろうか。そ
 てチャーリーの考える“完璧な”場所を彼は見つけることが
でき
 たのだろうか。それを知る解決法はただひとつかな。

 

 本書をお手に取っていただけば大丈夫(笑)。そして、お読み
 ただければおのずと答えがおわかりいただける。

 

 この本、実は『スーツケースに時間をつめて』という題名にほ
 てふらふらと手にしたのだった。もともと“旅”がすきなの
るま
 んじいの琴線にふれたのだった。“時間をつめて”という
のもち
 ょっと謎めいているのがいい。

 

 原題は“The Traveler”とある。訳者の角田さんの
 “勝ち”である()

 

 その角田さんは“訳者のことば”の終わりでこんなことを書か
 ている。(ネタバレになるやもしれないが)

    

 (前略)でも、こう思います。チャーリーのたどり着いたまさ
 こういう場所を目指して、私たちは生きているのだと。場所
とい
 うのは、土地ではありません。必要なものが必要なだけあ
るとこ
 ろ、という意味です。そして本当に自分に必要なものを、
今も、
 これからも、私たちはそれぞれ見つけていかなければな
らないの
 だろうと思います。

 

 まことに、意味の深いことばである。

 
おとなのための絵本。

 

 グレーと茶の淡い色合いに緑色が添って、1つの物語を織りな
 ている。全体を通して、決して派手さはないが、それが却っ
て落
 ち着きと癒しを読者に与えてくれる。しかも、コンパクト
なサイ
 ズに仕立ててある。

 

 三十路を過ぎたあたりぐらいの年齢層以上の方にお薦めの書籍
 とのるまんじいは思う。もちろん中学生以上の若い人たちに
も楽
 しんでいただけるだろう。一読をお薦めさせていただく。

 

 

   

   ===========================================

 

 

 

        スーツケースに時間をつめて

 


 

               ダレン・シムキン/作・絵

               ダニエル・シムキン/絵    

               角田 光代/訳

       

         

      

              2010年6月 初版 講談社刊

             

             


    講談社BOOK倶楽部のホームページは

 

     http://shop.kodansha.jp/bc/

 

     

   

   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

   ===========================================

「月の花」

  • 2011.11.29 Tuesday
  • 07:26
JUGEMテーマ:オススメの本


  【こんな一冊の本】
 

 

 

        月の花     

 

 

 

           アイナール・トゥルコウスキィ/作・絵  

           鈴木 仁子/訳              

     

 

 

   =============================================

 

 

   

      不思議なことが起こる場所がある

 

   それは場所だけのせい? 時の力もあるのでは?

 

      偶然と呼ばれる、時の一点の力が

 

         鮮やかな説明はしばし

 

         謎をさらに謎めかせる

 

 

        そんな気がしてしかたない

 

 

 
  開演のブザーは鳴った。それを待っていたかのように客席を当
  て
ていた照明が細くなり、間もなく闇が訪れる。ざわめきが収
  まる。

 

             沈黙。

 

  幕はまだ開こうとしない。

 

  しじまの中からよく通った低い男の声が聞こえてきた。

 

  そんな匂いのする文(エピグラフ)のように思わないか?

 

  ようこそ「月の花」へ。

 

  いざ、行かん!

 

 

  むかし、ある島の古びた石の屋敷に、男がひとり住んでいた。

 

  (ある島だって!?それは、あそこだろうよ。そうさ、きっと。
  
そうに違いない。)

 

  男は、広い敷地をもっていて、とても満ち足りていた。男は、
  暇
さえあれば庭の植物の手入れをした。とりわけ美しい藪や、
  どっしり
した樹のそばに来ると、そのたびに樹や草花に声をか
  けた。

 

  あちこちに置かれたベンチに、用もなくただ腰をおろして長居
  し
た。樹々がうっそうと茂り、枝が重たく垂れる、隠れた場所
  だっ
た。

 

  (うらやましいことだ。だが、あの島ならさもありなん。)

 

  オークの大樹がならぶ、ゆるやかな起伏のある土地は、ふしぎ
  な
静けさにつつまれていた。昼ひなかでもすみずみにやわらか
  い光
が満ちていた。夜は、といえば、うっすらとふしぎな明る
  さがあ
たりをひたし、遠い木立から響く夜鳥の声ばかり――。

 

  行きゆきて開けた丸い空き地はとびきりの場所だった。そこか
  ら
もっと暗い径がはじまっていた。とりわけ暑い日や来てほし
  くな
い訪問者が戸口に立つ時は、ここがいちばん心地よかった。

  男は
、本を手にし、上等のお茶を友とした。

 

  男の庭は、動物たちのお気に入り。

 

  マルハナバチが、ミツバチが、はたまたコガネがいた。クモも
  い
た。鳥も集まった。

 

  男は――、ちっとも孤独ではないのだった。

 

  客はまれだった。薄気味悪い屋敷だと、そして庭だと。日暮れ
  前
にはそそくさと屋敷を辞した。庭からきまって奇妙な音が聞
  こえ
てきたから。

 

  さて、そんなある晩のこと。

 

  男、そう、かのリップルストーン氏はいつものように庭にいた。

 

  (やっとお出ましか――、どんなお方なんだろう?)

 

  ヤグルマギクとキンセンカのお茶を飲んであたりを眺めていた。

 

  (どんな味のハーブティーなんだろうか?うーん。ご一緒して
  みたいなあ……)

 

  気に入りの場所のとなりがぽっかりと空いていた。かわった花
  が
あったらさぞよかろうと氏は思った。早速、シャベルと鍬を
  持ち
出してたんねんに耕した。

 

  翌朝、朝のお茶を飲み、ブラックベリージャムをぬったトース
  ト 
を食べるうち、件の場所に目をやると、小さな芽が出てい
  るではないか。た
めつすがめつしたが、何の芽だかどうにもわ
  からなかった。

   

  とびきり珍しい植物らしく、興にひかれるまま、リップルスト
  ー
ン氏は決めた。

 

  精魂こめて、この見知らぬ植物を育てようと。

 

  (花を咲かせようとしてあの手この手と突拍子もないことを次
  々
思いつくのだが……)

 

  と、まあ、話はまだ始まったばかりであって、我々はいまだリ
  ップル
ストーン氏の容姿はもちろんのこと何も承知していない。

 

  この先如何なる展開が待ち受けているのか、はたまたリップル
  ス
トーン氏は何者なのかを知るには、この「月の花」をお手に
  取っ
ていただくしかあるまい。

 

  さて。

 

  この本は、大人向きの絵本だといわれている。

 

  いたって「シュールな世界」

 

  作者のアイナール・トゥルコウスキィはドイツで生まれた。ハ
  ン
ブルク応用化学大学でイラストレーション講座を受講、卒業
  制作
として作られた、「まっくら、奇妙にしずか」で「レーゼ
  ペータ
ー賞」「トロイスドルフ絵本賞2席」、スロヴァキアの
  「プラテ
ィスラヴァ世界絵本原画展」でグランプリを獲得して
  いく。

 

  (ああそうなの、といた程度の知識しか持ち合わせていないの
  で
、お許し願いたい。また、残念ながら、この「まっくら、奇
  妙に
しずか」は未読であって。)

 

  このトゥルコウスキィの絵はモノクロ。あとがきには、こうあ
  る。

 

  見る者は作者のあとについて、独特の詩的、魔術的な世界に入
  っ
ていく。描画は、ユーモア、感情、洞察力ばかりか<色彩>
  すら
放っている。

 

  描画に用いるのは、シャーペンのHBの芯だけ。2種類の消し
  ゴ
ム。数本の定規。芯をぎりぎりまで尖らせるための特製の芯
  研ぎ
器のみ。

 

  トゥルコウスキィの世界。

 

  好きか、否か、好みははっきりと二分されるであろう。「こう
  い
うの、めちゃくちゃ、好き、原画がほしい」とか、「生理的
  にム
リ。近くに置くのもイヤ」とか。それはそれでいいと思う
  のだ。

 

  ある読者の方は「まっくら、奇妙にしずか」の書評で、「狂気
  と
いう放射能を放つ」絵本であるとまで書いている。

 

  さて、「月の花」はいかがだろうか。

 

  のるまんじいは……、ちょっとばかし「気に入っている」。絵
  も
奇妙で好き……とは、正直言いにくいが、リップルストーン
  氏が
絵から放つ魅力、そして文章にある「生き方」「考え方」
  「生活
」にいたく関心を持った。

 

  言われてみれば、いかにもドイツの作家が描いたのであろうな
  と
思わせるような「絵」。几帳面そのものが感じられる「絵」。
  日
本人にはとっつきにくい「絵」。初めてだらけの「絵」。“
  百聞
は一見に如かず”というが、まさにその通りだろう。

 

  「白」と「黒」のシュールな世界。

 

  文章が美しい。みずみずしく、どこまでも詩的である(散文詩
  の
ような)。トゥルコウスキィのもう一方の世界にどっぷりと
  浸る
ことができるだろう。

 

  ある島が、リップルストーン氏の家屋敷が、庭が、そして「月
  の 
花」が美しい。

 

  何故(なにゆえ)、「月の花」なのだろうか。トゥルコウスキ
  ィ
は何を言いたいのだろうか。「陰」の月の光を浴びて成長す
  る花。

 

  そして「開花」する花。なぜなのだろうか。あなたなら、どう
  「
読み」、どう「理解」なさるだろうか。それを知りたい。

 

  絵本好きの方はもちろんのこと、そうでないあなたにも一読を
  お
薦めする。中学生になったらこんな世界のあることを知って
  もいいだろ
う。というか、どう捉え、どんな感想をくれるだろ
  うか。   

 

  木戸銭はご不要。幕がゆっくりと降り切るまで、いやいや余韻
  ま
ですっかり楽しみ尽くされたい。

 

 

 

   ============================================

 

 

 

           月の花     

 

 

 

 

           アイナール・トゥルコウスキィ/作・絵  

           鈴木 仁子/訳              

   

 

         

      

            2010年3月 初版 河出書房新社刊

             

 

 

             河出書房新社のホームページは

 
        http://www.kawade.co.jp/np/index.html
     

   

 

 

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

    ===========================================

 

「青い月の物語」

  • 2011.10.29 Saturday
  • 08:35
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

  【こんな一冊の本】

  

 

 

        青い月の物語    

 

 

 

                 小浦 昇/作・絵

 

 

 

  

   ==============================================

 

   


  本書は、銅版画家の小浦昇さんの「青い月」の作品の数々にご

  自身で詩を添えたまことに美しい1冊である。

 

  はじめに、「青い月」ありきである。   

 

  爪の先のように細い月が、闇に沈んだ超高層ビルの合間に浮か

  び、あたりをほのかな「青白い}光で照らす。ビルのいくつか

  では窓を開けて光を採りこんでいる。

 

  月はこんな大都会の冷たい印象を与えがちの人工物にもよく似

  合う。そして……

 

  「浮かぶ」ということばが、なんとも似つかわしい。

 

        月の光が夜を蒼く照らし、

        夢が香りはじめた。

        あまく、せつない匂いが

        すべてを包みこんでゆく。

 

  月があるからこそ、夜は楽しい。もしも、月がなかったら夜の

  空はどれほどか寂しく、そして味気ないものになるだろう。あ

  る時は、そこに月があることで励まされもし、またしばしの友

  となる。

 

  月がそこにあることを、至極当たり前のものとして何とも思わ

  ない。ある日、気がついたら、そこに月はあったのだから。

 

  自らの力で光を出すことなく、それでいて多くの色を生みだし
  静かに夜の世界を彩る。

 

  洋の東西を問わず、私たちの祖先たちは月を愛でてきた。自分

  たちの心のうちにある、喜びや悲しみといったもろもろの感情

  を月に託したりもしてきた。文学の分野をはじめ、美術、音楽

  などで数多く見ることができる。

 

  万葉集にはこんな1首が載っている。

 

    熟田津に 船乗りせむと 月待てば

     

      潮もかなひぬ 今は漕ぎいでな(万葉集 巻1-8

 

  今さら知ったかぶった解説でもあるまいが。時の斉明天皇が百

  済存亡の危機に遣わされた援軍の要請に対して、軍勢を整えて

  現在の愛媛県松山市三津浜付近で出港を待っていたとき、額田
    王が詠んだ
といわれる。まことに力強い歌である。

 

  もう1首。違った趣のものを。奈良時代に唐の都に渡り、科挙

  に合格して皇帝玄宗に仕えた阿倍仲麻呂の望郷の念あふれるも

  のですでにみなさんよくご承知の「小倉百人一首」の1首であ
  る。

 

    天の原 ふりさけ見れば 春日なる

 

      三笠の山に いでし月かも

 

  仲麻呂は、遥か遠い地西安でどんな月を見ていたのだろうか。

 

  さて。

 

  本に戻ろう。

 

  超高層ビルが建ち並ぶ道路を見るがいい。まるでつるつるに磨

  き上げられたスケートリンクのように己が上に建物を映し出し

  ている。1台の車が止められ、人がビルの中へと歩を進めて行

  く。

 

  「おや、あそこにあるのは三日月?」

 

  三日月には、足場が組んである?

 

  あれは、三日月がしばしの休憩をとっているところだろうか?

  それとも、三日月は人工物だったのかしら?

  
 

       ……どこかで

       電話のベルが鳴っている。

       6回目、7回目、

       こんな夜更けに。

       9回目、10回目、11回目、

       恋人から、友達?

       あるいは仕事のこと……

       (12、13、14、15)

       切れないところからすると、

       大切な用件なのだろう。

       (16、17、18、19、20)

       どこからかけている?

       (21……)

       町外れの公園(22……)

       無人島の電話ボックス(23……)

       木星の衛星軌道上(24……)

       あるいは、もっと、

       ずっと、とおくから……

       (25、26、27)

 

  あたりはすっかり漆黒の闇に包まれている。手前の橋桁にこん

  な時間に腰かけているのは誰?あれ?頭が三日月になっている
  橋の上に転がっているのは作りかけの、それとも作りそこな

  た三日月?

 

  不思議なそれでいてとても味わいの詩だ。誰もが経験したよう

  な題材でありながら、後半に行くにしたがって、なんかこう胸

  がワクワクしてくる。

 

  さて、そうなるとこの電話の相手は……?

 

  最後のページにはこんな詩が載っている。

 

       うれしいことも

       たのしいことも

       いつかは終わる。

       かなしいことや

       つまらないことも

       いつの間にか過ぎ去る。

 

       終わりは、はじまり。

       新しい物語が

       そこからはじまる。

 

  月は空に浮かんでいる限り、己が身の満ち欠けを繰り返す。新

  月から満月へ、そしてまた新月へ。そして、また……。 

 

  どのページをめくってみても、その不思議な味わいの銅版画か

  ら、そしてそれに添えられている詩から、その時その時で違っ

  た“想像”“創造”が生まれ出す。

 

  月と面と向き合うことがとんとなかったからか、これほどまで

  に感じたことのない「月」の一面を新鮮に知らされる。

 

  それにしても、「青い月」は美しい。ともすれば、「冷たい」

  イメージが頭を過ぎるが、あの「青い」色は、おそらく月にし

  か出すことができないだろう。

 

  そういえば、「青い月」を歌った曲があったなあ。あれは、確

  か『浜千鳥』といったっけか。

 

 

          浜千鳥        

 

 

             作詞:鹿島鳴秋 作曲:弘田龍太郎

 

 

        青い月夜の浜辺には

        親を探して鳴く鳥が

        波の国から生まれ出る

        濡れた翼の銀の色

 

        夜鳴く鳥の悲しさは

        親をたずねて海こえて

        月夜の国へ消えてゆく

        銀のつばさの浜千鳥

 

 

  作詞者の鹿島鳴秋という人は、6才の時に父が失踪し、母はす

  ぐに再婚し家を出た。それで祖母手で育てられる。母への愛に

  餓えて少年は育っていった。その鳴秋が28歳の時、新潟の友

  人を尋ねる。日本海に沈む太陽と凍りつくような寒さの中震え

  るえる千鳥の姿を見て、自らの幼少期に抱いた母への切ない思

  いを詩として書き留めたのだった。これに『くつが鳴る』など

  の作曲者の弘田が曲を手がけた。1919(大正8)年のことであっ

  た。

 

  だが、「青い月」は寂しい心だけに添うものではない。こんな

  歌もあると紹介して終わることにしたい。

 

  終戦のどん底から、徐々に復興を果たし、人びとの心にゆとり

  ができたころ、巷では菅原都々子が歌うこんな流行歌が聞こえ

  ていた。のるまんじいはさすがにリアルタイムでは知らないが、

  それでもこの曲を聴いていると心が弾んでくる。

 

 

 

       「月がとっても青いから」     

 

 

             作詞:清水みのる 作曲:陸奥明

 

 

 

        月がとっても青いから

        遠まわりして帰ろう

        あの鈴懸(すずかけ)の並木路(なみきじ)

        想い出の小径(こみち)

        腕をやさしく組み合って

        二人っきりで サ帰ろう

 

        月の雫(しずく)に濡れながら

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