「隠された皇室人脈 憲法九条はクリスチャンがつくったのか!?」

  • 2015.09.29 Tuesday
  • 09:30
JUGEMテーマ:オススメの本




  【こんな一冊の本】



     隠された皇室人脈





         憲法九条はクリスチャンがつくったのか!?


                                                 


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  『隠された皇室人脈 憲法九条はクリスチャンがつくっ
  たのか!?』(園田義明 講談社+α新書/刊)を読みまし
  た。

  天皇をとりまく2つの人脈。長州藩閥政権との戦いに敗
  れた「敗者たち」。

  そして昭和天皇、今上天皇と強く結びついたクリスチャ
  ン人脈。

  今本書を読むと、ここでどたばたとした政治のことにす
  っと得心がいくように思います。


  あれっ?と思った方にはぜひご一読をお薦めしたい。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
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「世界で一番美しい森への旅」

  • 2014.10.06 Monday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本


 
 
   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
 
        世界で一番美しい森への旅
 
 
 
 
 
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 とある新聞の書評欄に本書に掲載されている1枚の写真があっ
 
た。

 
それほど大ききなく、モノクロで画質も仕方がない、というも
 
のだったが、雪をかぶった針葉樹のそれ――。
 
 見た瞬間にこれは借りてみなくては、と思わせる魅力的な1枚。
 
 森――
 
 このことばを見たり聞いたりしたとき、みなさんはどんなこと
 を思い出されるだろうか?おそらく、十人十色、いや百人いれ
 ば百通りの「森」が姿を鮮やかに現すことだろう。
 
 以前書いたことがあるけれど、武蔵野の雑木林に囲まれた田舎
 で生を享けたのるまんじいにとって、「森」とは「屋敷森」の
 それであり、「鎮守の森」でもあった。決して大自然に育まれ
 た原始のそれではなく人工のというか、人の手が入ったものだ
 った。
 
 たとえば。
 
 小学校の低学年のころ、思えば遠い距離を歩いて通う日々だっ
 たが、その途中に正しく「鎮守の森」と呼んで差し支えない神
 域があった。“寄り道”が何より楽しく同級生たちと校門から
 出ると誰が誘うともなく足が向いたものだった。
 
 それがあるとき、あれは秋ももう終わりに近づいたころだった
 ろう、何故か覚えがないがひとりでそこへ足を踏み入れたのだ
 った。大人であれば、「静寂」と表現するような下界の雑音が
 遮断され惜しげもなく黄葉した葉をはらはらと散らし敷き詰め
 ていた公孫樹の大木にゆったりと流れる時間を感じたかも知れ
 ないが。
 
 境内には小学校には設えられていない、大きく長い滑り台があ
 って、いつも我先に歓声を上げながらすべっていたのだった。
 それを独占できるうれしさを感じたのも束の間、あまりの静寂
 が小さい心には反対に“畏れ”を感じさせたのだろうか、そこ
 に
いることに耐えられなくなってそそくさと後にしたのだった。
 
 日はすでに幾分か西に傾き、赤くなった陽が差し込み、黄葉が
 一段と美しかっただろうと思う。
 
 今思い起こせば、宮崎駿氏の代表作『となりのトトロ』に出て
 くるような「森」だったのだろう。
 
 「森」といえば、すぐにそこのことを思うが、実際には違うだ
 ろう。
 
 成長とともに行動域がぐっと広がっていき、奥多摩の山々を始
 めハイキングし、更に広がりいろんな「森」に出会ってきた。
 中には人間の手が入っていないといわれる「森」とも接し、「
 開発」と「自然保護」の関係を考えるとき、自分の歩いてきた
 来し方を振り返りながら、どうある姿が地球にとっていいのか
 を考えていると思う。そして、そこには日本人が古来から受け
 継いできた「森」への畏敬、大きくいえば「自然」に対しての
 考えが、自分のDNAの中に組み込まれているように思える。
 
 だからか、この手の本を読みたくなるのだろうか。だから、こ
 のブログに「森」を舞台にした作品を多く取り上げているのだ
 ろうか。

 
 
 「森」といえば――

 
先ほど挙げた1枚の写真から針葉樹林をイメージしてしまうが
 
、本書はけっしてそんなことはない。
 
 全部で21か所、その内訳はといえば、ヨーロッパ5、アフリカ
 3、アジア3、オセアニア3、北アメリカ4、中央アメリカ2
 、南アメリカ1となっている。
 
 自分が興味がわいたところをどこからでも自由に、そして好き
 なように楽しむのがよかろう。
 
 のるまんじいは“のるまんじい的”にちょっと取り出してみる
 ことにしよう。
 
 まずは、ニュージーランドのワイポウア森林保護区。北島の北
 西に尖がっているところ。
 
   「父なる神木が静かに見守る濃緑の森」
 
 ニュージーランドは南半球に位置するから、北に行けば行くほ
 ど暑くなる。頭では理解しているはずだが、瞬間混乱を来たす。
 
 その昔、南極をというか、南を上にした地図を見たことがある。
 
 「価値観」の多様性というのだろうか、スタンドポイントを固
 定するなというのだろうか。試しに世界地図を上下逆さまにし
 てみると面白い。そこには思ってもみなかった“世界”が広が
 る筈だから。「興味がわかない」「それが?」なんて反応が返
 ってきたらおそろしい。
 
 この表題の“神木”樹齢3000年とも4000年とも言われるそうで、
 先住民のマリオが「テ・マトゥア・ナヘレ(森の父)」と呼び、
 敬意を捧げてきたとう。ワイポウアの森は、巨木カウリの原生
 林で、カウリは何と「ジュラ紀」に先祖を持つ常緑針葉樹で、
 この森は世界で最も古い森の1つだといわれているそうだ。
 
 ちょっと寄り道をお許し願いたい。
 
 「ジュラ紀」
 
 現在、われわれが生きている今を「新生代 第四紀」と呼ぶ。
 この「新生代」という括りの1つ前を「中生代」といい、「ジ
 ュラ紀」は「中生代」の中で「白亜紀」に次いで新しい。とい
 っても、約1億9960万年前から約1億4550万年前まで続いたそう
 だから、ピンとはこないだろう。それでも「ジュラ紀」は「恐
 竜の時代」ともいうらしいから、想像してみられたい。
 
 ニュージーランドといえば、「ミルフォード・トラック」を忘
 れてはなるまい。こちらは南島にある。この地を舞台にした
 
「太古の森へ」(三輪裕子/作 小峰書店/刊)を以前ご紹介させ
 て
いただいた。自分も「歩いてみたい」と思った。
 
 次に。

 
オーロラを見てみたい。そう思われたことはないだろうか。
 
 カナダのイエローナイフ。極北の地。
 
 永久凍土の上でも育つ針葉樹たちが森を形成している。冬の間
 は日中でも気温が氷点下数十度まで下がるという。この地での
 雪が消えてからの僅かな期間の生き物たちの写真が可愛らしい。
 
 さらに。
 
 マレーシアのボルネオ島のダヌムバレー自然保護区域はいかだ
 ろう。p20、21の靄に包まれた熱帯雨林の1枚、水墨画の世界
 だ。
 
 書評欄に掲載されていた写真を忘れてはいかない。
 
 ドイツ中部・メルヘン街道の「いばら姫」ルートにラインハル
 トの森はある。


   
「魔女が飛び妖精が歌い出す童話の舞台の森」   


 
散策路の脇に、物言いたげにこちらを見るキツネがいた。ひょ
 っとしたら人の言葉で話かけてくるかもしれない。なにしろこ
 こはグリム童話の森なのだから。
 
 こんなふうに本書は語る。
 
 p42にそんな親しげなキツネの姿が、p43にまるで馬車や橇が行
 き交いそうな例の1枚があった。四季を通して美しい姿を見せ
 る森のようだ。ここには相応しくはないかもだが、ゲーテ作に
 
「きつねのライネケ」なんてあったな。
 
 あまりにも有名すぎて何を今さらと言われてしまいそうなのが
 マダガスカルの「バオバブ街道」だ。
 
 バオバブ――
 
 といえば、サン=テグジュペリの『星の王子さま』が頭に浮か
 び、そういえばそこにも“キツネ”が登場したなあと独りごち
 る。
 
 でも、バオバブといえば、アフリカ大陸の右下にある島、マダ
 ガスカルをさらに思い出す。
 
 あの太く高い幹の先に何本もの枝を分け、はやす独特の姿。半
 年以上もほとんど雨が降らない乾季が続くため、葉から水分が
 蒸発しすぎないように葉を少なくし、幹の内部をスポンジ状に
 して何トンもの水をため込んで乾季が過ぎるのを待つのだとい
 う。
 
 この年になってもやっぱり行ってみたいなよその国、である。
 
 ムーミンたちが暮らす、フィンランドから。
 
 ヌークシオ国立公園が取り上げられている。
 
 最後にもう1度。ドイツを。
 
 
   「世界最長の木道を歩いて触れる原生の中欧の森」
 
 とある、バイエルンの森国立公園が。
 
 最初、十和田の奥入瀬渓谷のものかしらと思ったのだった。広
 葉樹の色づいた姿の美しさに思わず見とれた。
 
 日本からは、熊野古道と白神山地が登場している。
 
 本書には“まえがき”も“あとがき”すら存在しない。
 
 ともかく「森」を楽しもう。地球の隅から隅まで点在するそれら
 を。
 
 本書「世界で一番美しい〜」はシリーズもので、ほかにも興味深
 いものが出版されていることを知った。また違った機会に取り上
 げさせていただこうと思った。
 
 ともかく、理屈抜きで楽しもう。老若男女を問わずすべてのみな
 さんに一読をお薦めしたい。
 
 
 
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       世界で一番美しい森への旅
 
 
 
    
 
   
 
         
      
             2013年12月 初版 エクスナレッジ刊
             
 
 
 
           エクスナレッジのホームページは
 

 
          
http://www.xknowledge.co.jp/
     
   
 
   
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「イギリスは不思議だ」

  • 2014.08.18 Monday
  • 18:07
JUGEMテーマ:オススメの本

 
   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
   イギリスは不思議だ
 
     
 
 
                林 望/著
 
 
 
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     ルネ・マグリットの空――
 
  瞬間、そう思った。
 
  きれいに刈り込んだ芝生の真ん中を1本の道がむこうの林へ
  と
続く。道を挟むように刈り込んだ植栽が絵画的にある。ち
  ょう
どその道のあたりにひとりの男性がちょこんと椅子に腰
  かけて
こちらを向いている。
 
  はじめは、人形かしらと思ったが、両の目をしかと近づけて
  み
るならば、それはまごうことなくリンボウ先生であった。
 
  おや、まあ、また、リンボウ先生、そんなところで何をされ
  て
おいでかと問いたくなるような、ルネ・マグリットのあの
  シュ
ールな雰囲気を漂わせているそんな表紙に思わず手にし
  たのが
この1冊だった。
   
  『イギリスはおいしい』『イギリスは愉快だ』を始めとする
  リ
ンボウ先生の軽快、爽快なそして感性豊かな世界を紡いだ
  著書
を読むうちに、まるで自分自身がそうでも考えているか
  のよう
な“酔い”を覚えながらイギリスに自然にはまってい
  った。

 
  ゆえに、“ガイドブック的な”イギリス案内ではなく、一種
  マ
ニアックな(?)「イギリスとはこうだ」というような本
  に手
を多く伸ばすことになった。
 
  自分がおもしろけりゃ、それでいいのである。
 
  もしも、イギリスに実際に行ける機会ができたとして、彼の
  地
で有名なところに足を運ぶことができずとも、自分が見て
  みた
いもの、食べたいものといった好奇心を満足させられれ
  ば、そ
れで十分だと思う。
 
  でも、よくばりなのるまんじいだもの、1回こっきりなんて
  ん
じゃ、とっても無理。格安航空会社がもっと普及してくれ
  れば
、すぐにでも。“思い立ったが吉日”って昔からいうじ
  ゃない
。というか、足腰、元気なうちにあちらこちらと“膝
  栗毛”し
とかなくちゃあ悔いが残るもの。
 
  とは言え、何しろ“先立つもの”が何とやらである現況ゆえ、
  ここは大望を抱きつつ、リンボウ先生の世界で少しばかり心
  地
よく“酔う”としようか。
 
  この1冊。
 
  どこから読もうと、おもしろいことに違いなく、ゆえにのる
  ま
んじいもつまみ食いでご紹介をさせていただくことにしよ
  う。

 
  まずは、“ピラーボックス”はいかがだろう。
 
  日本の郵便制度は前島密が1871年(明治4年)にイギリスか
  ら
直輸入した訳だから、ポストの色もそれに倣って“赤色”
  にし
たに違いない。それにしても、あの“丸ポスト”が姿を
  消して
から久しく、どこかでたまたまその姿に出会うとなん
  とも懐か
しく感じる。
 
  ところが、どっこい本家のイギリスでは、1853(嘉永6)年
  に
設置された「No.1」ポストが今でも同じものが同じところ
  にそ
のままあるというのだからすごい!いずこにあるかは本
  書をお
読みくだされたし。そしてまた、ロンドンにはペンフ
  ォールド
・ボックスと呼ばれる1870年前後のピラーボックス
  があるんだ
そうな。1870年代はこのヴィクトリア時代だと聞
  いてまた嘆息。

 
  「牧師館の朝に」――
 
  それは、オックスフォードの村(あえてそう言っておこうと
  リ
ンボウ先生は書く)の中心にある教会のそばにあった。

  
15世紀に牧師館として建てられたと伝えられる建物が、リン
  ボ
ウ先生が宿りした“オールド・パーソネージ”であったが、
  こ
の建物はランドマーク・トラストの所有の「ホリデー・ハ
  ウス
」なのである。
 
  ランドマーク・トラストは古くて役立たずの建物を買収して、
  それらを古色蒼然たる風情となし、あるいは改造して完全に
  人
が住めるようにしたのだ。農家、水車小屋、配水塔、廃駅、
  要
塞など。それを一般の人々の使用に供したのだそうだ。営
  利団
体ではないので、ホテルなどと比べると、使用料は断然
  と格安
だそうである。
 
  このようなシステムは、日本ではなかなか取りいれられない
  よ
うに思う。甚だ、残念なことではないか。のるまんじいが
  若い
ころ、社会科の授業だったかなあ、「これからは“スク
  ラップ 
アンド ビルド”の時代だ」と誇らしげに説明して
  いた教師を
思い出す。イギリスとなんと正反対の方向だろう
  か。そして、
未だに「スクラップ アンド ビルト」精神は
  健在のご様子で
ある。結果、風情ある街並みは姿を消してい
  く。

 
  リンボウ先生は、イギリス留学時代に、ボストン夫人(『グ
  リ
ーン・ノウの子どもたち』の作者)の居住する12世紀のマ
  ナハ
ウスに住んでいたという。
 
  すまいに対する考え方の違いがよくわかる。添付されている
  写
真が興味深い。

  
さて。

  
本書の後半には、「不思議の国のスペクタクル」と称して“
  こ
れでもか”とばかりに、博物館が紹介されている!

  
イギリス人は“ものを集める”のが、すきな国民のようであ
  る
。その国家的集大成がかの「大英博物館」だとある。
 
  それで、
 
  光あふれる空間が広がり、恐竜の骨格標本を始めとするナチ
  ュ
ラル・ヒストリーが専門の「オックスフォード大学博物館
  」。
世界の各地域で日常的に使われていたものを1万5千点
  あまり
コレクションした「ピット・リヴァース博物館」。日
  本の能面
がズラリと並んだ空間は……、写真といえども薄気
  味悪い。

 
  チャールズ・ダーウィンが隠棲した、“進化論の部屋”、「
  ダ
ウン・ハウス」。アール・デコのドリームマシン「オデオ
  ン座
のオルガン」。夢を古代に馳せた蒐集家の一面を持った
  フロイ
トの「フロイト博物館」。

  
水面に浮上した潜水艦のような機能美にあふれたスタイルの
  「
キュー・ガーデンの温室」。
 
  (リンボウ先生、とてもじゃないがこんなに巡れないっすよ
  !)

 
  いやいや、イギリスはまだまだ、奥深いんだよ。そんな、慌
  て
て巡ろうとすると、楽しむことはおろか、真実は見えてこ
  ない
とご注意をいただきそうである。
 
  それにしても、おもしろい1冊である。
 
  “ロンドンオリンピック”が開催されてからこちら、イギリ
  ス
はどうなっただろうか。なにせ世界から観光客がわんさと
  訪れ
ただろうからから。まさか蝗の大群の襲撃を受けた田ん
  ぼのよ
うにはなっていないだろうか。
   
  のるまんじいは“ケ”のイギリスを楽しみたいと思っている。
 
  みなさんにとって、イギリスはどんな国だろうか。
 
  ミーハーなのるまんじいにとってイギリスは、現在“不思議
  だ
けれど楽しんでみたい”お国になっている(笑)。
 
  イングリッシュ・ガーデン公開案内書のイエローブックを片
  手
にあっちこっちへ出かけたいと思っているが、もう目移り
  しち
ゃって困る〜。
 
  写真たっぷりのエッセーというか、ガイドブックというか(
  笑
)。楽しんでいただきたい1冊である。
 
  中学生以上どなたでも楽しんでいただけるであろう。1度お
  手
にお取りいただきたい。
  

 
 
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     林望ウェブサイトへようこそ!
 
 
 
      
http://www.rymbow.com/
 
 
 
 

          「グリーン・ノウの子どもたち」    
 
 
 
 
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    イギリスは不思議だ
 
     
 
 

                林 望/著
 
         
      
 
             
1997年1月 初版 平凡社刊
             
 
 
          
平凡社のホームページは
 
 
        
http://www.heibonsha.co.jp/
 
     
   
 
  
 
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「京都写真館 昭和の笑顔」

  • 2014.07.29 Tuesday
  • 00:00
 JUGEMテーマ:京都


 
 
 
   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
        京都写真館  昭和の笑顔
 
 
 
    
 
                  井上 大輔/文           
                         伊藤 とのひろ/写真
 
 
 
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           コンチキチン
 
 
      コンコンチキチン  コンチキチン
 
 
   
 真夏の京都を彩る風物詩として挙げられる「祇園祭」のお囃子
 
の音色を確かに耳にした。

 
いつもの注目本コーナーに置かれていた本書に目が行った。20
 
12(平成24)年1月21日のことだとメモには残っている。

 
“とびっきりの笑顔”――

 
言い古されたことばばかりが並ぶが。屈託も、恐れもない、素
 
直なあふれんばかりのストレートな笑顔が飛び込んできた。た
 
だただ写真を撮ってもらうことの喜びに満ちている。

 
モノクロームのそれ。

 
子どもたちの笑顔の向こうに山鉾が見える。 
 
 
 
           コンチキチン
 
 
      コンコンチキチン  コンチキチン
 
   
 この笑顔は間違いなく“昭和”の笑顔。こんな子たちがいたな
 
あと郷愁を覚えるというか、一種“切なさ”を感じさせる。関
 
西の子たちのそれかも知れない。

 
136ページにその全体が載せられているが。そこには、

 
「風鈴のような笑い声は、今も夏の風物詩です。」とある。19
 
69(昭和44)年7月。四条通、祇園祭鉾曳き初めとも。

 
あの大阪万博が開かれた前の年。現在の喧騒とは違った賑やか
 
さが四条通にある。向こうをみれば、「大和銀行」「安田信託
 
銀行」と看板の文字が見える。

 
男の子たちの半ズボンの丈の短いこと。今は昔、の…。そして
 
足元は間違いなくズックだ。

 
盆地故にじっとりとした湿度の高い暑さの中を鉾が行く。それ
 
でも、このころはまだ風の逃げ道があった、そんな気がする。

 
では、裏表紙はとひっくり返すとこちらも盛夏なり。

 
水遊びに興じる子どもたちにレンズを向けたら、「おっちゃん、
 
ぼくも撮ってや〜」と寄ってきた、のではないだろうか。


   
「その笑い声は、せせらぎのように澄んでいました」


 
79ページ

 
1967(昭和42)年7月、鴨川、四条大橋上流 魚取り大会

 
友だちとじゃれあうのが楽しくて仕方がなかった、あの頃の時
 
間がここに流れている。日がな1日遊びに遊んで、そして全身
 
疲れて。気がつけば、まどろみの中へ。

 
街中を流れる川でこんな風に遊べたなんて、幸せだよなあとつ
 
くづく思う。どう見たって“のるまんじい世代”だ。

 
こうやってパソコンのキーボードを叩きながらふと気づいた。

 
この写真集には、まだ「ピースサイン」をして収まっている子
 
どもがひとりもいない。風潮とはおそろしいもので、「ピース
 
サイン」をしなければ人に非ずのように世の中を席捲したした
 
ものだが、まだここには現れていないのだ。

 
1963(昭和38)年から1975(昭和50)年までのちょうど十二支の「
 
卯」から一巡りした「卯」まで13年間、京都を舞台にしたたく
 
さんの、そしていろんな「笑顔」を蒐めたものになる。

 
カメラマンは北海道生まれの伊藤とのひろ氏である。鳥瞰図師
 
として活躍していた吉田初三郎氏の書生として、先斗町「藤の
 
家」に住み込んで働きながら、同志社大学英文科を卒業する。
 
当時から京都の市井や人びとの写真を撮り続ける。1978(昭和5
 
3)年ごろ写真家として北海道に戻るも、京都が忘れられず再び
 
京都へだった、という。

 
少しばかり脱線するが。

 
テレビ朝日系の『タモリ倶楽部』で、いつのことだったか「タ
 
モリ倶楽部 タモリさんとお友達になりたい芸人」という番組
 
を放送した。間口が広く、しかも奥深く意表をつく内容が毎回
 
登場する。

 
そんな中、この回はマニアックな趣味を持つ芸人2組が登場。

 
「地理系」を自称し、「行き止まり」大好きなザ・ギースの高
 
佐慈、「地図収集」が趣味だという火災報知器の小林知之が、
 
それぞれの「コレ」を披露する。そんな中、特に「鳥瞰図」に
 
はまっている小林クンが持ち出したのが、吉田初三郎氏の手に
 
なる一枚だったのだ。

 
どこで何がいつ結びつくか分からない面白さがここにある。あ
 
の時何気なく吉田氏の名前を見て「フーン」と思ったのが、今
 
回、その弟子の伊藤氏の写真集を手にしているというのだから。

 
慌てて調べた、調べた。正しく、ビンゴだった!!

 
それはともかく置いといて。

 
何度もいうが。

 
本書は、時系列順に写真が並んでいる。

 
最初が63年の京阪三条駅。

 
木造平屋の駅舎と行き交う電車。そしてこれをバックに鴨川を
 
はさんでアベックの語らいが聞こえてきそう。“京阪”と知ら
 
なければ、どこかもっと鄙びた駅舎に見える。鴨川は今も親し
 
き恋人たちの語らいの場だそうだ。

 
同じ年の京都駅の装い。今の無機質なあれからは想像もできな
 
い。といっても、あのカーブを描く烏丸口も嫌いではないが。

 
それにしても空がもっと広かった。

 
その右ページ、豊国神社で遊ぶ男の子たち。思い思いに手作り
 
のヒコーキを持って。着ている洋服に時代を感じる。高度経済
 
成長期まではもう少し時間がかかったはずだ。誰もが衣服に細
 
かくあれこれ言える時代ではまだなかった。

 
そんなことよりも、遊ぶことに夢中だった。

 
ここに写っている少年たちは今、還暦前後だろうか――。

 
子どもたちの“変顔”の写真が多く載る。カメラを向けると無
 
意識のうちにそういう顔をしたくなる。これだけで1冊の写真
 
集ができそう。ただし、“変顔”は子どもに限る。無垢な時代
 
の僅かな時間にするから、微笑ましく、そして可愛らしいので
 
はないだろうか。まあ、好みは十人十色だからなあ…。

 
ちなみに、のるまんじいもその癖が強く、まともな写真がない
 
と親によく言われたものである。確かに今振り返ってみると恥
 ずか
しくて人前に出せたものではない。


       
「照れちゃっても、いいのだ」


 
赤塚不二夫氏の代表作『おそ松くん』に登場した「イヤミ」が
 
放った「シェー」がブームになって子どもばかりか大人たちま
 
でもがそんなポーズを決めた1時代があった。ここでは4人の
 
女の子の「シェー」だ。

 
その右ページには東本願寺から望む京都タワー。おばあちゃん
 
といったおふたりが何事か交わしている。

 
やはり空が広い。


 
「小さな冒険をいっぱいして、大きな危険の遠ざけ方を知りま
 
した。」
 
   
 ガキ――

 
“秘密基地”を作って内緒にして、ワクワクドキドキしたもの
 
だった。この写真では真冬にドラム缶の中で火を熾して、廃材
 
の大きいのを1本渡して。“火”はちょっと気を許せば猛然と
 
襲いかかってきた。火傷をすることもあった。不思議に魅惑的
 
な一面ものぞかせたものだった。

 
いかにも京都らしい1枚を。

 
126ページ。祇園を行く、舞妓さん2人と芸妓とお茶屋の女将だ
 
ろうか横1列の後ろ姿に舞い始めた雪。底冷えの京都がここに
 
ある。

 
その右ページには。

 
「ねえ、さすって、さすって」とばかり、あられもなくおなか
 
を見せるワンちゃんの姿が。だからこそ、ワンコは可愛いのだ。

 
2014年、今年の祇園祭もあらかた済み、31日(木)には疫神社夏
 
越祭が八坂神社で行われる。大茅輪を設け、参拝者はこれをく
 
ぐって厄気を祓うのだ。

 
そして、各行事を経て五山の送り火へとなる。

 
京都に行きたいけど、なかなかという方、「昭和」のあの頃が
 
懐かしく、そして惹かれるという方にはお薦めしたい1冊だ。
 
何回みても。ほっこりとし、それでいてちょっとセンチな気分
 
にしてくれる。
 
 
 
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      八坂神社のホームページは
 
 
      
       
http://www.yasaka-jinja.or.jp/
 
 
 
      タモリ倶楽部 
 
 
      タモリさんとお友達になりたい芸人
 
 
 
      
http://www.dailymotion.com/video/k1IHJNfTJnyvXx3PxJy?start=1330
 
 

 
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       京都写真館  昭和の笑顔
 
 
 
    
 
                 井上 大輔/文           
                        伊藤 とのひろ/写真
   
 
         
      
             2011年9月 初版 淡交社刊
             
 
 
 
           淡交社のホームページは

 
 
        
http://www.tankosha.co.jp/
     
   
 
   
  
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「かくれスポット大阪」

  • 2014.05.04 Sunday
  • 13:16
JUGEMテーマ:オススメの本

 
 
 

 【こんな一冊の本】
 
 
 
 
    かくれスポット大阪
 
 
 
 
 
 
                  吉村 智博/著
 
 
 
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今回もまた、図書館の「新刊本・注目本」に置かれていた1冊
  
を取り上げようと思う。
 
  まず「大阪」の文字が目に飛び込んできた。
 
  関西圏で、京都、奈良には足を運ぶ機会が何度となくあるのに
  
対して、こと「大阪」へ行くということは滅多になかった。
 
  とはいってもJRの環状線に乗って、遠くに大阪城を見たこと

  があるし、奈良の友人と布施あたりを歩いたことがある。天保
  山の「海遊館」に連れていってもらったことも確かにある。
 
  だからといって、ここが「大阪」というイメージを未だにつか

  めていない。
 
  だから、「大阪」を気にはしている。少し前に内田樹・釈徹宗

  両氏による
「聖地巡礼 Begining」を取り上げさせていただ
  たが、そこで「大阪・上町台地 かすかな霊性に耳をすませ

  」を具体的に取り上げることができなかった。

  
非常に興味深く、おもしろく、混沌とした、受容力の大きい大
  阪に強く惹かれながらも語れないな、と思ったのだった。正直
  悔しかった。

  
だからだろうか、「大阪」の文字が目に飛び込んできたのは。
 
  それだけではない。

  
「かくれスポット」だぞ。

  
横文字にからきし弱いのるまんじいゆえ、「スポット」で「ス
  ポット・ライト」と早とちりをして、改めて「ああ、場所って
  意味だなあ」とひとり訂正する(苦笑)。まったく困ったもんだ

  
表紙絵は大阪市立中央図書館蔵の「大阪名所 道頓堀芝居」だ
  という。

  
さて。

  
著者の目の前に1枚の江戸時代の古地図が置かれている。それ
  は当時の豊かな景観を彷彿させ、思わずタイムスリップしたよ
  うな気になるという。

  
それが版行図(都市図)だけでなく、国郡単位の国絵図や共同体
  
の村絵図など、文献資料だけでは知り得ない情報がふんだんに
  
織り込まれていて、往時の空間がリアリティに追認できると。

  
だから絵図は見るものを魅了しする。こうした歴史を探究する
  
営みは、また差別問題を歴史的に考える際にも有効であると著
  
者は記す。

  
近年、学術利用という立場から絵図を積極的に利用しようとい
  う見解が多く出されているという。歴史的事実をありのままに
  
掲載すべきであるという見解であって、地名の「隠蔽」は歴史
  
の「改竄」につながり、学術利用に供しないのは筋違いの処置
  
だという批判などがそれだと述べる。

  
本書で主に用いているのは、版行絵図(特に「大坂図」)と言わ
  
れるもので、これにも、版元、出版、受容の角度からみるとさ
  
まざまな変遷があるそうだ。

  
本書は(中略)、近世の絵図、そして近代の古地図に足跡を残す
  
被差別民の世界を歩くためのヒントを提供するささやかな試み
  
であり、絵図をベースにして被差別民(共同体)に焦点をあてて
  
構成した、大阪という都市空間の歴史案内だと著者吉村氏は語
  
る。

  
そしてまた、全体像と近代大阪のマイノリティにかかわる歴史
  的概観をまず
つかんでみたいと考える読者は、補論から読んで
  ほしいともあ
る。

  
であるなら、初心者のるまんじいは補論へ行こう。


    
補論  “大大阪”と被差別民

    
1.インナーシティから“大大阪”へ


  
近世のオールドシティが身分制度の解体によって、その周囲に
  
出現したのが無秩序かつ自然発生的な点を最大の特徴としたイ
  
ンナーシティだそうで、時に明治から大正末期だったとある。

  
このインナーリングの延長線上に1925(大正14)年、第2次市域
  
編入が行われ“大大阪”が姿を現す。

    
2.ディープ・サウス 釜ヶ崎と西浜・西成


  
通天閣の足下にひろがる新世界を中心に、ディープ・サウス(
   
深淵なる南部)と称される、デープな都市図。


    
3.アトラクティブ・ノース 本庄・長柄と舟場


  こちらは、アトラクティブ・ノース(魅力的な北部)と呼ぶのが
  
ふさわしいと筆者は書く。中南部と酷似するインナーシティの
  
「陰」でありながら、時として被差別部落史上に異彩を放つか
  
らだと。


    
4.近代大阪と被差別民


      
ここでは、1)デモクラシーと被差別民


           
2)都市の公共性と被差別民


  
とあり、市政(公共性・公平性を体現する行政)による総合的な施
  
策と、それに対応する地域社会の要求をバランスよく取り込む近
  
代型の利益中心社会を基軸にして、その具体像に迫ってみたつも
  りである。このように著者は書く。

   
本論は、エリア編とトピックス編に分かれている。

   
トピックス編では以下のように章立てされている。


       
食肉文化と屠場


       
有隣小学校と徳風小学校


       
4ヵ所と七墓


       
皮革業と銀行


       
なにわの塔の物語


  
また、コラム なにわ人物伝が花を添えている。

  
そこには、釜ヶ崎にあって、日雇い労働者の子弟の教育にあた
  
った四恩学園に寄付金を投じて支えたサントリーの創始者鳥井
  
伸治郎も紹介されている。

  
大阪をほとんど知らないのるまんじいがこんな風に紹介記事を
  
書いていいだろうかと思ったが、まずは読むことが大切だと考
  
え、取り上げさせていただいた。

  
Amazonをのぞいたら、

  
大都市大阪は近代に都市機能が充実し、人びとの生活に繁栄が
  
もたらされる反面、被差別共同体の近接に公共性をもちながら
  
も賤視される施設が組み込まれていく。これまで語られなかっ
  
たもうひとつの大阪を地図・絵図でたどる。

  
まとめると、こうなるかな。毎日新聞20131129日付けでは
  
「こんなん書きました:吉村智博さん」という記事が掲載され
  
ている。

  
こちらをお読みいただくとよりよいと思う。

  
「あとがき」でこうも著者は書かれる。

  
街角の本屋に立ち寄ってみると、「大阪コーナー」と題して、
  
「検定」、「教科書」、「古地図」などの書籍が並べられてい
  
るが、そういう本を繰ってみて、違和感が拭いきれなかったと
  
いう。それらの書籍のほとんどが、大阪の歴史的・文化的・行
  
政的に包摂してきた社会的差別(部落、他民族、女性、日雇い
  
労働者などへの抑圧・搾取・排外)にまったくふれずに避けて
  
通ろうとしている。あるいは確信的に問題を避けているように
  
思える。

  
このような現状に対して、本書は社会的差別への関心を意図的
  
に回避する傾向へのささやかな対抗への試みである、と。

  
著者の引用が多く申し訳ないが。

  
あえて社会的差別を機軸に据えて大阪(なにわ)を案内してみよ
  
うとした。こう記す。

  
最後に。

  
本書の著者、吉村智博氏は大阪市立大学人権問題研究センター
  
に所属されている、らしい。

  
みなさんは本書をどう読まれるだろうか。

  
一般向け。地理・歴史に関心がある高校生、大学生にも読んで
  
ほしい1冊だ。のるまんじいはもっともっと勉強せにゃいかん、
  
そう思った。


  
==============================================================



     
「こんなん書きました:吉村智博さん」

 


          
http://mainichi.jp/feature/news/20131129ddn013040064000c.html

 
 
 
     大阪市立大学人権問題研究センターのHPです
 


       
http://www.rchr.osaka-cu.ac.jp/researcher.html
 



   =========================================================

 
 
 
        かくれスポット大阪
 


                  吉村 智博/著
 
   

         
      
             
201311月 初版 解放出版社刊
             
 
 
                  解放出版社のホームページは

 
 
               
http://www.kaihou-s.com/
      

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「明治東京畸人傳」

  • 2013.06.08 Saturday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

 

         明治東京畸人傳    

 

 

 

 

 

                 森 まゆみ/著

 

 

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 この頃手軽に持ち運べ、ヒョイと取り出して辺りを気にする
こと
 なく読める文庫本を何冊か傍に置いていたり、鞄の中に
忍ばせた
 りしている。図書館から借りて来るときもさほど冊
数を気にせず
 に選べるから気楽でよい。

 

 本書も大した訳もなく書架にあったのが目に入ったので、借りて
 きた。著者が森まゆみさんというのもあったが。

 

 森さんの著作としては『女三人のシベリア鉄道』(集英社)以前
 ここで紹介させていただいたことがあった。与謝野晶子、
中條百
 合子、林芙美子という女性3人のそれぞれのシベリア
鉄道を興味
 深く読ませていただいた。

 

 そんな森さんだから。

 

 今では終刊してしまった地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を起こ
 し、長く編集人を務めていた森さんだが、ご本人も千駄
木の隣、
 文京区動坂のご出身という。

 
谷中・根津・千駄木――略して谷根千というらしいが、明治時代
 にこの地で暮らしていた有名人――いや、ただ有名人と
いうので
 はなく、題名にもあるように“畸人”を紹介してお
られる。文庫
 本裏表紙に「この地を目茶苦茶面白いヤツが歩
いていた!」とあ
 るところから、そういうヤツを“畸人”と
いうのであろう。

 

 それでは、まずその“畸人”とやらのラインナップをはしょって
 ではあるが、ご覧に入れることにしよう。

   

   

    

    エルウィン・ベルツの加賀屋敷十二番館    

 

    山口半六の東京音楽学校奏楽堂

 

    駒込林町 悲運の久野久

 

    木村熊二・鐙子の谷中初音町2丁目2番地

 

    相馬愛蔵・黒光夫妻の駒込千駄木林町18番地

 

    河口慧海の根津宮永町雪山精舎

 

    村山槐多の歩いた田端と根津

 

    福士幸次郎の田端楽園詩社

 

    サトウハチローの桜木町と弥生町

 

    吉丸一昌の動坂町357番地

 

    春日とよの上野桜木町22番地

 

    露伴が谷中にいた頃――五重塔の話

 

    白秋の墓――天王寺墓畔吟行

 

    川端康成――駒込林町雨戸のおまじない

 

    円朝――谷根千めぐり

 

 これはあくまでのるまんじい的ラインナップである。

 

 名前だけ他も書いてみよう。

 

 横山松三郎。守田宝丹翁。岡田虎二郎。三輪伝次郎。松平信博。
 古賀忠道。桃川燕雄。物集高量
(もずめたかかず)
原舟月。渡辺治
 右衛門。

 

 調べも調べたり、そんな感じである。名前を見て興味深い方もお
 られると思うが、そこは実際に本書を
手にとってお確かめ願いた
 い。   

   

   

 さて。

 

 こう挙げてきた中に、とんと聞き覚えのない人物が多く、たとえ
 多少聞いたことがある人でもどこでどんな生活を営んで
いたかま
 ではとんと知らなかった。

 

 その上、武蔵野台地の真ん中辺りで産声を上げたのるまんじいに
 とって“谷根千”は同じ東京と言いながら悔しいかな未
だ知らぬ
 地域である。見当もつかぬ。詳しい誰かに先導して
もらって「お
 上り」さんを楽しんだらよかろうと思いついた。

 

 この中の数人をさらにここでさらっとさらって散歩の助けとしよ
 う。

 

 

 「山口半六の東京音楽学校奏楽堂」

 

 ヴァイオリニストの江藤俊哉氏をして「音響効果ではカーネギー
 と奏楽堂とベニスのオペラ劇場が素晴らしい」と言わし
めるこの
 奏楽堂を設計、建築した山口半六という人はあまり
世に知られて
 いない。「奏楽堂を救う会」の運動にも携わっ
た筆者が鮮やかに
 解き明かしてくれる。日本の洋楽
(えらく
錆びついた言い方だが)
 
 の黎明期もふれながらのそれである。
漱石の『野分』にも小倉袴
 の庶民から見た上流社交界として
の奏楽堂が描かれているとその
 部分を引用している。

 

 

 「木村熊二・鐙子の谷中初音町2丁目2番地」

 

 明治女学校とい名前のキリスト教系女学校は九段下に1885(明治1
 8)
年に創立され、1908(明治41)年には廃校になった
そうだ。その創
 立者がこの木村熊二・鐙子夫妻になる。

 

 この短い期間ではあるが、羽仁もと子、相馬黒光、大塚楠緒子、
 野上弥生子らを育てたそうだ。教壇には、津田梅子、幸
田延、北
 村透谷、島崎藤村、若松賤子らが立った。

 

 そこで木村熊二とは、また鐙子とはいかなる人物であったかが語
 られていく。

     

 


 「河口慧海の根津宮永町雪山精舎」

 

  梨木香歩さんの『村田エフェンディ滞土録』を読んでから、冒険
 家やそれに近い海外旅行者に関心がいくようになった。
そんな中
 に河口慧海という人もあったので、今回とても興味
深く読むこと
 ができた。

 

 根津あたりでは今でも(筆者の執筆当時)、親しみを込めて「エカ
 イ」さんと呼んでいるらしい。

 

 この人は1866(慶応2)年、今の堺に生まれ、14歳で漢文の『釈迦
 一代記』を読み、同年、禁酒、禁肉食、不犯を誓ったと
いう。得
 度後、黄檗宗の腐敗を批判する文を公表したのをき
っかけに僧籍
 を返上。

 

 やがて、大乗仏教の原点を究めるには、サンスクリットの原典と
 チベット語やパーリー語への逐語訳が揃っているチベッ
トへ行く
 しかないと思い立ち、当時鎖国状態のチベットへ旅
立つことにな
 る。

 

 詳しいことは、本書で読まれたい。

 

    

 「吉丸一昌の動坂町357番地」

 

 この名前だけで「早春賦」のメロディが頭の中で流れ出す方はど
 れくらいおられるだろう。

 

 のるまんじいは作曲が中田喜直氏のお父上の中田章さんだと記憶
 しているのがやっとである。

 

 

        春は名のみの 風の寒さや 

        谷のうぐいす 歌は思えど

        時にあらずと 声も立てず

        時にあらずと 声も立てず

 

        氷融け去り 葦は角ぐむ

          さては時ぞと 思うあやにく

             今日も昨日も 雪の空

          今日も昨日も 雪の空

    


 
         春と聞かねば 知らでありしを

               聞けば急かるる 胸の思いを

          いかにせよとの この頃か

          いかにせよとの この頃か

 

   

 今の私たちからすると一見難解な文語詩のように思えるが、この
 ままで何度も口ずさんでいけば、そうでもなくなり、また
その美
 しさがわかってくるだろう。

 

 その吉丸一昌の訳詩としてドイツ民謡の『故郷を離るる歌』を
 さんは挙げておられる。
 

 

     園の小百合 撫子 垣根の千草

       今日は汝をながむる 最終(おわり)の日なり

                  おもえば涙 膝をひたす さらば故郷

              さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば

              さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば

 
 愛唱歌として口ずさまれた方も少なくないであろう。

 

 吉丸一昌は1873(明治6)年、大分県現在の臼杵市に生まれた。
 制五高、東京帝大国文科に学び、教職の道へ。芥川龍之介も
教え
 たはずだと筆者は記す。

 

 教職にあった吉丸がなぜ、詩をまた作詞をするようになったか。

 興味がつきないと思う。ぜひお読みあれ。

 

 さて。

 

 ともかく「畸人」たちである。知った人であろうが、未知の人
 であろうが、おもしろくて仕方がなかった。

 

 やはりこの人たちの息遣いを知りたくて、谷根千へ足を運んで
 たくなった。

 

 そういえば、入谷には洋食の老舗、「香味屋」があったはずだ。

 あそこのクリームコロッケは絶品だったはずだ。藪の蕎麦も捨
 難いが。食い意地を張らせながら歩いてみるのも悪くはなさ
そう      
 だ。

 

 一般向け。雑学大好き人間に特にお薦めしたい。

 

 ================================================

 

 

 

        旧東京音楽学校奏楽堂

 

  

     http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/

      

 

 

        レストラン香味屋

 
 

     http://www.kami-ya.co.jp/

 

 

  ================================================

 

 

 

 

          明治東京畸人傳    

 

 

 

 


                 森 まゆみ/著

   

 

         

      

             1999年7月 初版 新潮社刊

             

 

 

            新潮社のホームページは

 

        http://www.shinchosha.co.jp/

      

   

 

  

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「白洲次郎」

  • 2012.09.01 Saturday
  • 06:59
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

 

        白洲次郎

 

 

 

   

 

                 白洲 正子/著       

                 朝吹 登水子/著ほか

 

 

 

    
 ================================================

 

   

   

   

 

 「白洲次郎」本の出版ブームがここ数年また起きている。

 

 このブームで読まれた方、それ以前に「白洲次郎」ファンにな
 れた方はすでに本書に掲載されている写真や文章をご覧にな
った
 り、お読みだったりするだろう。なんで今さらここでとい
うお声
 が聞こえてきそうだが。

 

 のるまんじいからすると、本書は「白洲次郎」初心者の方向け
 いわば入門書のような役割を果たしてくれるようにも感じる。

 

 まずは、表紙写真をご覧いただきたい。

 

 世間に知られる1枚の写真だが。Tシャツ姿にジーンズがカッ
 よく決まっている。これだけで惹きつけられるだろう。

 

 上にも書いたが、奥さんの正子さんや芥川賞を受賞された朝吹
 理子さんの大叔母にあたる登水子さん、石井好子さんを始め、

 井喬さん、宮沢喜一さんなど次郎さんと直接交流があった錚
々た
 るメンバーが執筆にあたっている。

 

 というか、朝吹登水子さんの名前を本書で久しぶりに見てうれ
 くなった。生前は軽井沢の別荘での様子などがテレビで放送
され
 たものだ。フランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにち
は』を
 訳したのはこの人かと思ったものだった。ついこの前も
NHKの
 『美の壺』でその別荘が放送されたばかりだ。

 

 石井好子さんも、のるまんじい世代よりも上の方なら、すぐに
 顔が思い浮かぶだろうが、そうでない方はどうだろう。余程
のシ
 ャンソン好きなら別だろうが。本書をきっかけにどんな方
か知っ
 ていただくのもよいと思うのだが。偉そうなことを言っ
ているが、
 ちっともそうでないことも書いておかねば。知った
ふりだ。

 

 のるまんじいは、以前から正子さんの書物にふれ、その人となり、
 そしてその周辺が気になって仕方がなかった(現在進行形
です(笑)
 )。そんなところからご主人の次郎さんがどういう方
か知りたく
 なったのだ。

 

 なにしろ、「かっこいい男」だから。というか「かっこいい男
 だと言われているから。

 

 いろいろなところで紹介されていて、GHQから「従順ならざ
 唯一の日本人」と恐れられた話や軽井沢ゴルフ倶楽部での数
々の
 逸話はここではふれないでおきたい。本書にはもちろんこ
れらの
 お話も詳しく語られている。

 

 かっこいいなあと思ったこと、1つ。

 

 それは「遺言書」のことだろうか。

 

   葬式無用

 

   戒名不用

 

 わずか2行のそれ。

 

 次郎さんは、義理で人が集まるような葬式を嫌ったそうで、亡
 なられた後、遺族だけが集まって弔いの酒盛りをしたのだそ
うだ。
 これは「遺言」をきちんと守り通した家族も偉いと思う。

 

 年を重ねてくると、どれだけ不義理をするかを考えなくてはい
 なくなる。が、それでもお参りをとか、お別れの会にはとか思っ
 て
足を運ぶ方も少なくないのではないだろうか。例えば、猛暑の

 時、また厳寒のころ、出向いて体調を崩してはなんにもならな
 とある作家の方が書いていた。

 

 そんな気遣いを白洲さんから感じる。

 

 また、どんなに本人が「簡素に」と希望しても世間がそれを許
 ない場合がこれまた多いように聞く。どんなに手出しをした
くて
 もこればかりは無理なことだから。ご家族の故人の想いを第
一に
 する考えが素晴らしい。

 

 もう1つ。

 

 白洲さんといえば、旧制の神戸1中を卒業後、ケンブリッジ大
 クレア・カレッジに留学されたことは知られているが。

 

 1953(昭和28)年、初来日した母校のケンブリッジ大学の後輩
 ちのラグビーチームの世話をしたというのだ。その出迎えに
も自
 身で空港まで赴いたとか。のるまんじいはこういう話がと
っても
 好きだ。

 

 お偉くなるとなんでも人任せで「おい、あれやっといて」とい
 方が多いそうだが、この時だって秘書や身近な誰かを空港ま
で行
 かせれば、それで済んだかもしれないのに、それをよしと
しない
 というところがいい。

 

 本書の読み方はその方その方で随分と違っていていいと思って
 る。というよりそうあるべきだと思う。あなたの「次郎さん
」に
 出会っていただきたい。

 

 本書ではないが。はて、どこで読んだか。正確なところは何と
 心許ないので違っていたら、ご容赦願いたい。

 

 次郎さんも正子さんも京都嵐山の「吉兆」を訪れるときは、勝
 口を使っていたそうだ。

 

 何でも白洲さんは小さい頃、病弱で母親によく看病してもらっ
 そうだ。そして近所にあった「中現調」という鰻屋の女将さ
んか
 らもとっても可愛がられ、この方にも何日も看病して貰っ
たこと
 があるそうだ。

 

 この女将さんが、「吉兆」創業者湯木貞一氏のご母堂だったこ
 を、年を経てから知ったのだそうだ。

 

 そんな縁があってか、高級な料理屋を訪ねるような感じではなく、
 親戚のような自分の近しい人に会いに行く、そんな感じで
訪れて
 いたように書いてあったように記憶している。

 

 自分が小さい頃、世話になった「おばちゃん」に会いに行く(
 際には、その時にはもうおいでにはならなかったが)そんな
心優
 しさを感じないだろうか。

 

 白洲次郎さん、1902(明治35)年2月17日に神戸で生まれだそうだ。

 

 ここまで書いてきて、白洲さんご夫妻が生前住んでおられたと
 う町田市鶴川にある「武相荘」の姿が、思いがけずふと浮か
んだ。
 この暑さの中、もう秋明菊の花は咲いただろうか、芒の
穂は風に
 そよいでいるだろうか。1度訪ねたいと思っているの
に「お前に
 はまだ早い!」というのか、なかなか果たす機会を
得ないでいる。

 

 一般向け。老若男女を問わず多くの方に読んでいただきたい。

 

 

  ===============================================

 

 

 

      「美の壺」   「軽井沢」

 

 

 

     旧朝吹山荘、堀辰雄の別荘も登場しました

 

 

     http://www.nhk.or.jp/tsubo/program/file175.html

 

 

 

     嵐山 吉兆です

 

 

     http://www.kitcho.com/kyoto/shoplist/arashiyama/

 

 

     武相荘

 

 

     http://www.buaiso.com/

 

 

 

    
 ================================================

 

 

 

 

         白洲次郎

 

 

 

   

 

                 白洲 正子/著       

                 朝吹 登水子/著ほか

 

 

         

      

             1999年8月 初版 平凡社刊

             

 

 

            平凡社のホームページは

 

        http://www.heibonsha.co.jp/

 

     

   

     
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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「バカ日本地図 全国のバカが考えた脳内列島MAP」

  • 2012.08.25 Saturday
  • 07:48
JUGEMテーマ:気になる本

 

 

 

 

 【こんな一冊の本】

 

 

 

 

       バカ日本地図

 

 

 

    〜全国のバカが考えた脳内列島MAP〜     

 

 

 

                  一刀/著

 

 

 

    
 ================================================

 

   

   

   

 

     言うまいと 思えど今日の 暑さかな

 

 

 秋が立つ前を詠んだものだろうと思うのだが、どうもここのと
 ろのあまりの連日の暑さでぐたーっとしてから、砂漠のよう
にな
 った頭の中に(そうでなくてもすっからかんなのに)「毎
度!」
 とばかり、今年もこの1句が浮かんできた。

 

 誰もがみな「暑い」と感じているそのときに、なんかもうやっ
 られないよとばかりに、こんな1冊の本を紹介してみたくな
った。
 つい数日前までは、まったく違った雰囲気の小説をと思
っていた
 のだが、「やーめた」とうっちゃってしまって、こち
らにすがる
 ことにした。

 

 それにしても“過激”な題名である。

 

 表紙を見ても、「バカ」だけが、ゴジックで印象づけられている。
 のるまんじいなんか、その題字の下にある日本地図は余程
顔を近
 づけないとはっきり見えない。人はこれを“老眼”とい
う。まさ
 に、トホホなのだが。

 

 それはともかく、この題名にこめられた意味を著者の一刀さんは
 “はじめに”で次のように書いている。

 

  ――バカが思い描いている日本地図を描くプロジェクト

 

  ――この地図を違和感なく見ることができる場合、あなたはバ

  カに違いありません

 

 ああ、これだけで、なんとも人を食った文章ではないか。

 

 それでも、ここに出てくる「バカ」については、今は考えない
 とにのるまんじいはしたい。いいじゃないか、“バカ”なら
“バ
 カ”で。

 

 著者は語る。

 

 滋賀出身なのに岐阜出身だとよく聞かれるものだから、ある日、
 友だちに「滋賀と岐阜の区別がつかないなんてのは、人として
 うかしている」と言ったところ、「じゃあ、鳥取と島根どっ
ちが
 東?」とツッコまれた、そうだ。

 

 関東に住んでいる人間からすると、滋賀と岐阜はまだしも、鳥
 と島根の位置関係はちょっと怪しくなる。公立中学校の3年
生だ
 と今ごろ必死になって県名や県庁所在地とその位置を暗記
してい
 るかも知れない。

 

 さて、筆者の話に戻ろう。

 

 「……わからない、というか、別にわかりたくもない」

 

 こういう感覚で滋賀と岐阜を間違うわけだ、と気づいた訳だ。

 

 そこで、人が県をごっちゃにしている具合を地図上で描いてい
 ば、バカが思い描いている日本地図ができるのではないかと。

 

 インターネットで勘違い情報を募集すると、投稿が殺到して、
 るみるうちに日本地図ができあがった。と、こういう訳であ
る。

 

 それが、第1部 バカが描く日本地図だ。

 

 これから登場してくる地図たちをどんなふうに眺めるか、それ
 もう読者のみなさんのそれぞれ勝手である。それこそ十人十
色、
 賛否両論あるだろうが、それも含めてともかく、中を探っ
ていく
 ことにしよう。

 

  「岐阜の水難」の巻

 まずは、日本地図を見ながら。

 

 ★鳥取と島根は区別がつかない⇒よってすべて鳥取にした

 

 中学生でも意外に多く間違える。馴染みがないからか。

 

 ★佐賀はどこにあるかわからない⇒佐賀は長崎に吸収

 

 東日本に住んでいると、近畿以西を正確に覚えるのを苦手にする
 ?“SAGA”サガはまだ健在では……?

 

 ★京都が日本海に面しているのは意外⇒京都の海岸沿いは兵庫
 に。よって天橋立も。

 

 ★群馬・栃木・茨城は違いがわからない⇒全部茨城に

 

 西日本に住む人にとって、「ウン、ウン」と頷く方多いのでは
 いかな?

 

 ★岐阜は山しかないから、滋賀に統合

 

 ★「滋賀はすべて琵琶湖」というコメントにより、全部琵琶湖に。

 

 琵琶湖が滋賀県全体の面積のうち占める割合を多く思っている
 県民はどれくらいいるだろう。実は6分の1ぐらいなのだそ
うだ。

   

 ★愛媛と愛知は同じだと思っていた⇒愛知も愛媛に

 

 とまあ、巻を追うに従って徐々にではあるが、ある意味はちゃ
 ちゃに日本地図は作りかえられていく。

 

 よくもまあ、こんなにしてくれたなと思わせるような立派な(?)
 地図ができ上がっていくのだ。

 

 荒唐無稽?前代未聞?空前絶後?支離滅裂?破顔一笑?七転八
 ?試行錯誤?ああ、もっともっとうまいこと言い表す四字熟
語が
 ありそうなのに!!

 

 最初、確かに地図を覚えるのが苦手な人たちがいて、積年の恨
 晴らさでおくべきかとばかりに純粋に投稿していったのでは
ない
 かと思ったのだった。が、よく考えてみれば、確かにそう
いう方
 もおられたかもしれないが、それよりも“確信犯的”に
どう「バ
 カ」さ加減を“うまく”表現すれば、受けるか、そう
考えて投稿
 する人の方が多いのではないかと思い至ったのだっ
た。

 

 徹底的に“遊び”尽くしたようなそんな気がするのだ。となると、
 どんなにお「バカ」な遊びとはいえ、“遊ばれた”都道府
県の方
 はいささか、面白くはないかもしれない。そんな気分に
するもの
 も実際にあった。

 

 あったがしかし、阿波踊りに「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆
 ら踊らにゃ損損」とあるように、ここは小さいことは忘れて
同じ
 ように遊ばなくては、“損”だろう。

 

 さて。

 

 章立てだけをもう少し見てみよう。

 

   「四国平定」の巻

 

   「九州県の誕生」の巻

 

   「神戸のプライド」の巻

 

   「四国はオーストラリア」の巻

 

   「鳥取or取鳥」の巻

 

   「北陸の怪」の巻

 

   「佐賀、千里を行く」の巻

 

   「千葉の本願」の巻

 

   「ムツゴロウ王国の野望」の巻

 

   「函館山の夜戦」の巻

 

   「オホーツク王国の台頭」の巻

 

   「軽井沢動く」の巻

 

   「法隆寺in京都」の巻

 

   「最後の審判」の巻

 

 変更を経に経て、30回目で、バカ日本地図が確定している。そ
 が表紙絵だ。順を追って地図を楽しんでいただきたい。

 

 なお、第2部は「マイバカ日本地図」と題する。“団体参加”
 第1部と違い、こちらはひとりで、白地図に日本地図を描い
たら
 どうなるか、である。アニオタ、ダジャレ好き、一生を香川
で過
 ごしたりといった特殊なバックグラウンドを持つ方たち
が多数参
 加したそうだ。

 

 こちらはすべてで35編収録されている。

 

 実は。

 

 このあたりで、のるまんじいのおつむのキャパを越えてしまい、
 
言ってしまえば、噴火を始めてしまった。もう、どうにもつい
 いけないのだった。これを「年のせい」というのは、逃げ口
上か、
 はたまた己がおつむの固いのを言い逃れるためか、な
のだ。

 

 地図好きののるまんじいのこと、十分にわかってはいるくせに
 うダメ。このへんでちと休憩をいれたい。

 

           (休 憩)

 

 若い友人は理屈抜きに「おもしろい」という。

 

 そこで気持ちを入れ替え、章立てを少し挙げれば。

 

  「プレイスポット多数、ひらがな多数、まさに大学不要!」

 

                  (日大生/21/男)

 

  「宮城から遠いほどいいかげんすぎ!」 

 

                 (宮城県/理系大学生/21歳)

 

 

  「シンプルすぎ!」

 

                 (大阪/中学生/15歳)

 

  「秋葉原が独立! そして日本海側があまりにも投げやり!」

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「昭和の教科書とこんなに違う 驚きの日本史講座」

  • 2011.09.10 Saturday
  • 08:36
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 
  【こんな一冊の本】

 

 
    

  昭和の教科書とこんなに違う

 
 

          

          驚きの日本史講座

        

       

               河合 敦/著

 

=========================================================

 


  「歴史」の教科書が、ビジュアルでカラフルになっているとい
  
う事実は、愚息が中学・高校に通っていたころ  にチラッと
  垣間
見ているので、それについては今更たいして驚きはしない。

  
というよりも、カラフルな資料をこれでもかというぐらいたく
  
さん載せて、中高生たちに「歴史」のおもしろさを訴えてほし
  
いと思っている。

  
数十年前という遥か昔に、高校で初めて出会った「山川出版」
  
のブルーの表紙の「世界史」の教科書を手にした時、そしてえ
  
んじ色をした「日本史」のあの胸の高鳴りを経験した者にとっ
  
ては、まるで違った世界で起こっているできごとのようにみえ
  
る。

  
しかしながら、これも時代の流れである。どうも実感できない
  
という方には、学校の教科書ではないが、四谷大塚が出版して
  
いる「予習シリーズ 社会」の<1><2><3>を見ていた
  
だくとよいかと思う。カラフルなだけでなく、小学生が、これ
  
ほどまで深い内容を学習するのかと驚かれると思う。

  
それはさておき。

  
時代とともに、学説が大きく変わってきたために、私たちが学
  
んだころと現在の子どもたちが教わっている内容が、随分と変
  
化してきているという。

  
その一例として偉人の肖像画を著者の河合さんは取り上げてい
  
る。

  
宮内庁が所蔵している聖徳太子像(唐本御影)がそれである。
  
1万円札を始めとするお札のモデルとして有名な肖像画でどの
  
教科書にも掲載され、身近だと思っていたものが、実は太子の
  
没後100年より後に作られたもので、別人説も強く、日本史
  
の教科書からは消えつつあるのだそうだ。

  
そればかりか、「聖徳太子」という名前も今では、「厩戸皇子
  (
聖徳太子)」と表記するものが多くなってきたのだそうだ。

  
「源頼朝像」(京都・神護寺蔵)や「足利尊氏像」(京都国立博
  
物館蔵)も信憑性に乏しいということで削除されてしまったそ
  
うである。

  
「源頼朝像」は、「足利直義像」ではないかという新説が歴史
  
学の方から出されているそうだ。「肖像画が本当は誰なのか」
  
は専門家に任せるとして、本格的な修復によって美しい姿を甦
  
らせたあの凛々しい像を1度のるまんじいは見てみたいと思う。

  
髪を乱して馬で疾駆する「足利尊氏像」も尊氏の側近のひとり
  高師直やその息とする説が出て、これも姿を消したそうだ。

  お、神護寺に「源頼朝像」と一緒にある「平重盛像」を尊氏

  とする説もあるそうで、どんな決着をみるのか、それはまた

  の楽しみである。

  
「イイクニ(1192)作ろう鎌倉幕府」と年号を暗記したそれが、
  
近ごろでは、鎌倉幕府開府、1185年説を採る教科書が登場して
  
きている。1192年に頼朝が朝廷から征夷大将軍に任ぜられた年
  
で、一方の1185年は平家が壇の浦で滅び、頼朝が全国に守護を
  
置いた年だそうである。これまた、今後どうなっていくのか関
  
心があるなあ。

  
年号を暗記するのがとんでもなく苦手で、どれだけ苦労したこ
  
とか。年号をどうして覚えなくてはいけないのか、反発ばかり
  
していた。

  
余談になるが。

  
菅原道真が遣唐使の中止を建議したのは894年だと習い、「白
  
紙(894)にもどそう遣唐使」と覚えるのだとも習った。おそら
  
く、大多数の方が同じだったのではないだろうか。

  
それが、ある時、ひとりの小悪魔クンが得意げに「それはね、
  
『吐くよ(894)ゲロゲロ遣唐使』って覚えるんだよ」と言って

  きたものだから、たまげた、たまげた。以来この「吐くよゲ
  ゲロ」が頭から離れなくなった。


  閑話休題。

  
昨年のNHKテレビの「龍馬伝」は福山雅治さんが主人公の龍
  
馬を演じて好評を博した。その中で登場する「寺田屋」につい
  
ておもしろい話が載っていた。今京都伏見にある「寺田屋」は
  
鳥羽・伏見の戦いで兵火にあって全焼し、再建したものなんだ
  
そうである。なのに「寺田屋騒動」の際の刀傷が残っていると
  
か「お龍」さんが使ったとされる風呂が残されている。ありゃ
  
りゃである。

  
時代はドーンと遡る。

  
「日本で最大の古墳は?」

  
「仁徳天皇陵」と即答するのは、どれぐらいの年代以上の方に
  
なるだろう。のるまんじいは愚息の塾のテキストに「大仙古墳
  (
伝・仁徳天皇陵)」とあるのを見て、「ふーん、こうなったん
  
だあ」と知ってはいた。多くの陵墓が比定されている天皇の年

  代と合致しないので、考古学者たちは天皇の名ではなく、地名
  
で呼ぼうとしたのだそうだ。

  
「日本史B]の教科書すべてに『三筆』『三蹟』が登場する。

  
これ、みなさん正確に言える?

  
のるまんじい?は、は、は、ヤバイ、やばい。

  
平安時代初期(弘仁・貞観文化)の3人の能筆家を『三筆』と呼
  
び、平安中期(国風文化)の3名を『三蹟』と呼ぶ、のだそうだ。

  
『三筆』が空海・嵯峨天皇・橘逸勢(たちばなのはやなり)、『
  
三蹟』が小野道風、藤原佐理(すけまさ)、藤原行成である。実
  は
これ、江戸時代元禄期の『合類大節用集』が初出なんだって。

  あちゃ〜である。それにしてもこの中の何人の直筆にお目にか
  かったことがあるだろうか。空海の「風信帖」には東京国立博
  物館で出会ったことはあるが……。

  
果たして、覚える必要があるだろうかと筆者は問う。

  
松尾芭蕉の『奥の細道』のことで、本書にはこんなことが載っ
  
ていた。

 

  2008(平成20)年に芭蕉翁の手紙が新たに見つかったそうだ。『
  
奥の細道』の旅に出る2か月前のもので。旅の同行者にする筈
  
だった路通が逃げてしまったのを悲しむ手紙だそうだ。

  
「ええっ〜」と思った。最初、同行者を路通に翁は決めていた
  
のを急遽、武家で身元が確かな河合曽良に変更したと聞き及ん
  
でいた。だからこそ芭蕉隠密説が囁かれたのだった。それが、
  
である。

  
今回発見された手紙には、路通が急に思い立って上方へ旅立っ
  
てしまい、翁は「昨日より泪落しがちにて、忘々前と」と逃げ
  
てしまった路通のことを思うという心情を吐露している。著者
  
は「よほど、路通との俳句の旅を楽しみにしていたことがわか
  
る」と記している。

  
象を飼いたいと駄々をこねた将軍徳川吉宗と聞いたら、あなた
  
はどう感じるだろうか。質素倹約を旨とし、享保の改革に取り
  
組んだ人物だとばっかり思ったら、やっぱり「甘えん坊将軍」
  
だった?何でもオランダ商館長からプレゼントされた『ヨンス
  
トンス動物図鑑』を見た、はまってしまったらしい。

  
中国人を介してベトナムから輸入したそうで、長崎から陸路江
  
戸まで向かったそうだ。このおり庶民も象の通過を楽しみにし
  各地で多くの象の本やポスター、フィギアなどが売られたん

  そうだ。

  
当の将軍であるが、象を数回見学しただけですぐに飽きてしま
  
ったらしい。

  
これは、おもしろいと思ったものに「色」についての記述があ
  
る。あちらの「色」ではない。悪しからず。

  
原始、古代においては、赤(朱)が好まれ、尊ばれた。古代、支
  
配階級では、紫を第一の色とする。

  
平安時代、貴族たちは柔らかく淡い色彩を好んだという。鎌倉
  
武士たちの間では、緑系、青系、褐色系など剛直なイメージの
  
色が流行ったとされる。

  
室町時代の東山文化の頃ともなると、禅思想が色彩にも及び、
  
黒や灰色を基調とした衣服に、わずかに金や朱などをアクセン
  
トカラーとして配するやり方が流行ったのだとか。

  
桃山時代は、なんといっても「金色」がその代表色となる。

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