「好胤と倍巌」

  • 2015.05.25 Monday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本


 
 
 
   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
 
 
       好胤と倍巌
 
 
 
 
 
       
    
 
 
                  倍巌 良舜/著  
        
 
 
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     「高田好胤です。薬師寺にいます。今度龍谷大学に入りまし
   た。よろしくお願いします。」
 
   本書の著者、倍巌良舜氏がそう声をかけられたのは、1941(
   昭和16)年、時まさに春爛漫の4月、奈良から京都に行く奈
   良電でのことであったという。
 
   高田好胤師と倍巌良舜師の後年、彼岸と此岸に分かれる迄の
   長い交流はこのようにして始まった。
 
   当時著者は同じ龍谷大学の予科3年に進学していた。
 
   奈良町の法徳寺という融通念仏宗が倍巌さんの家だという。
 
   ちなみに当時の奈良電は奈良〜西大寺間を大阪まで走る大軌
   電車に線路を借り、客が少ないので、「カラ電」、「ボロ電
   」と呼ばれていたと著者は語る。
 
   なぜ、倍巌師は本書の筆を起こそうとしたかを本書の「あと
   がき」に記しておいでなので、先にそちらを読んでみること
   にしよう。
 
   平成24(2012)年、法徳寺で晋山式が行われ、住職を倍巌師が
   子息の良明(りょうみょう)師に引き継いだ。
 
   このとき、縁の深い薬師寺からは松久保秀胤元管主、安田暎
   胤前管主、山田法胤管主と三代そろって参列してもらった。
 
   しかし、この晋山式に好胤の姿はなかった。新住職、良明が
   生まれたときから、一人前の僧侶になるまでの過程をじっと
   見守ってくれ、「良明は僕の子や」とまで言って、可愛がっ
   てくれた好胤は、すでにこの世の人ではなかった。
 
           (中略)
 
   今、奈良薬師寺は、金堂・西塔をはじめ、諸伽藍も立派に復
   興し、多くの観光客でにぎわっている。
 
   昭和42年4月1日、高田好胤は薬師寺管主に就任した。好胤
   の就任と共に薬師寺の歴史が大きく動きだした。
 
           (中略)          
 
   好胤は一世を風靡した代表的僧侶であったが、歳月の経過と
   共に、彼を知らない世代がふえてきた。好胤は歴史に残る名
   僧であったと断言してよい。名僧という域をこえて、日本人
   の心に深くくいこんだ人物であった。この好胤を現代の日本
   人が知らないことは、はなはだ残念である。
 
   倍巌師は語り、さらにこうも書く。
 
   今一度、高田好胤という人物を世に問い直すのは意義あるこ
   とと思っていた。
 
 
           (中略)
 
 
   薬師寺管主というより、大学予科入学以来、58年にわたり
   心を許しあった友達、好胤として、密葬の導師をつとめるま
   での長いつきあいの記憶をたどって書いてみることにしたの
   である。
 
   長い引用にご寛恕願いたい。
 
   それでは、常の如くに本書の章立てを見ていくことにしよう。
 
 
     1 出会い、奈良電車の中で
 
 
     2 龍谷大学の学生時代
 
 
     3 さびれていた薬師寺
 
 
     4 わが家は倍巌
 
     
     5 好胤の初恋、そして失恋
 
 
     6 好胤と倍巌、論戦す
 
 
     7 法相宗と融通念仏宗
 
    
     8 いっしょに歌った砲兵歌
 
 
     9 野球とピンポンと好胤
 
 
     10 花会式の身代わり練行衆
 
 
     11 円いこころ
 
 
     12 病気で悩む好胤
 
 
     13 好胤の死と野辺の送り
 
 
   およそ、時系列順に書かれていて読み易い。その一方で12
   ・13章は好胤さんを僅かながらでも知る身としては、読ん
   でいてやるせなく辛くなっていく。
 
      好胤さんの著書を読み、また薬師寺さんに参拝し、親しみ
   を今でも持っているが、それでも好胤さんの知られざる面
   を本書で新に知らしめていただいた。こんな一面もお持ち
   だったのかと。ますます、好胤さんのファンになったのる
   まんじいがいる。
 
   その一方で。
 
   のるまんじい、確かに倍巌さんのお名前に聞き覚え、ある
   いは見覚えがあるのだ。お目にかかったことがあるかどう
   かは、正直不明だが。今回も本書を手取ったとき、「ああ
   きっとあの倍巌さんだろう」と思った。
 
   本書p118で氷解したのだ。
 
   私は好胤から頼まれ、好胤の身代わりということで、薬師
   寺の機関誌『薬師寺』の編集人になっていた。肩書は広報
   部主任だ。そこで、足しげく薬師寺に通い、雑誌の原稿に
   目を通していた。
 
   これまで倍巌さんを薬師寺の方だとばかり思っていた。ま
   してや、頭の中では、苗字ではなく、僧侶としての名前だ
   と思っていたのだ。
 
   それが、4章の「わが家は倍巌」で。
 
   そもそも倍巌というのは、わが家、つまり奈良の法徳寺の
   初代住職、廣空(こうくう)倍巌上人に由来する、世界中で
   たった1軒だけの名前だ。
 
   うーん、羨ましいような…。印鑑作りのような不便もある
   だろうな。と、のるまんじいの考えることといえばそんな
   ものである。
 
   本書は全般的に「読みどころ」満載なのだけれど、10章の
   「花会式身代わり練行衆」は、ことにいいと思う。日ごろ
   観光の寺という雰囲気がある薬師寺に東大寺の「お水取り
   」と同じく連綿と伝えられ行われてきた「修二会」である
   「花会式」があり、それがいかような行事であるのかを知
   るには有り難い文章である。
 
   ぜひ一度体験させていただきたくそう思うのだ。
 
      p56にあるのだが。
 
   のるまんじいは小倉遊亀画伯がお書きになった天武天皇、
   持統天皇、大津皇子のお三方の尊像を拝見したことがある。
 
   画伯にとって、壬申の乱で近江朝廷を滅ぼし、大友皇子を
   死に追いやった天武天皇や持統天皇は内心、好意を持つ存
   在ではなかった。
 
   だから。
 
   描かれた持統天皇のお顔には、深い哀愁、愛憎と心の葛藤
   が表れていると。
 
   大津皇子の絵はみるからに悲劇の皇子、ひそめた眉と眼に
   、そのすべてが表れているようだ。と。   
 
   大津皇子に対しては悲劇の皇子として、学生時代から感じ
   るものがあった。  
 
   天武天皇には強固な意志と指導力がよく表れているという。
 
   今ひとたび、この尊像と対峙させていただきたいと願って
   いる。
 
   最後に。
 
   好胤師と倍巌師の写真を始めとして、本書には多くの写真が
   掲載されている。
 
   それぞれに、「若き日」が、そして「特別な」日があったこ
   とが身近に感じられありがたいと思う。
 
   大学予科入学直前の好胤師の1枚、大学生当時薬師寺でとい
   う1枚には筒井寛秀東大寺管長の姿もある。
 
   修学旅行生に説明する好胤さん、昭和天皇にご説明申し上げ
   る管長さん。
 
   まだまだたくさんあるが、これ以上は書くまい。
 
   みなさんのご自身の目で楽しんでいただくのがよろしいだろ
   う。
 
   一般向け。奈良が大好き。薬師寺がいいなあという方。はた
   またのるまんじいのような好胤さんのファンの方はもちろん
   のこと、多くの方に読んでいただきたくぜひご一読をとお薦
   めしたいと思う。  
 
 
 
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    「金堂再建 白鳳の薬師寺金堂いまここに」
     
  
 
 
                  
 
 
              深井 昌司/著・写真  

 
 
    
            アキラ・コーポレーション刊
 
 
 
 
     「住職がつづる 薬師寺物語」      
 
 
 
 
 
 
 
             安田 暎胤/著  四季社/刊
 
 
 
 
 
     
     薬師寺 公式サイトは

 
 
 
     http://www.nara-yakushiji.com/
 
 
 
 
 
 
     融通念佛宗総本山 大念佛寺のホームページは
 
 

 
       http://www.dainenbutsuji.com/
 
 
 
 
 
     龍谷大学のホームページは
 
    
  

       http://www.ryukoku.ac.jp/
 
 
 
 
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        好胤と倍巌
 
     
 
 
       
    
 
 
                  倍巌 良舜/著    
   
 
         
      
           2012年8月 初版 学生社刊
             
 
 
 
          学生社のホームページは
 
 
       http://www.gakusei.co.jp/
 
     
   
 
   
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「空海の思想」

  • 2014.10.19 Sunday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本


 
  【こんな一冊の本】
 
 
 
 
 
 
     空海の思想                           
 
 
 
    
 
                  竹内 信夫/著
 
 
 
 
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 【ひとこと】
 
 
 相変わらず「空海」さんを追いかけていますが、今回の本書も
 
とてもとても歯が立ちませんでした。
 
 竹内氏の『空海入門 弘仁のモダニズム』はまだ記事にできて
 
いませんが、その美しい世界ゆえいつの日か紹介文にしたく、
 関連で最新作の本書を読みましたが。
 
 前作よりも踏み込んだ内容だからでしょうか。 
 
 
  【筑摩書房のホームページより 本書の内容】
 
   
 七世紀に勃興したイスラームの東進に抗してインド仏教は大き
 く変化する。
 
 マントラ(真言)を中心に据え、それを唱える身体的修行によっ
 て精神の在り様の根本的転換を図ろうとする新しい仏教が姿を
 現す。それは「密教」と呼ばれ、七世紀中頃から八世紀初めに
 中国に伝播する。
 
 その仏教の激動期に空海は生まれ、新しい教えを求めて入唐す
 る。そこで空海は何を得たのだろうか。空海が遺した言葉に向
 き合うことによって、中世的「弘法大師」信仰を解体し、空海
 の言葉に込められた「いのちの思想」に迫る。
 
 
 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
 
 
 竹内 信夫
 
 
 1945年大阪に生まれる。戦火を避けて疎開、大学進学まで実家
 に暮らす。高松高校、東京大学、ソルボンヌ大学を経て、1975
 年東京大学助手。その後明治学院大学講師、東京工業大学、東
 京大学助教授を経て東京大学大学院教授。専門はフランスの文
 学・思想。特にマラルメ研究に貢献。50歳を期して空海研究を
 開始。2007年定年退職後、生家に隠居、空海研究に没頭。2009
 年空海塾開講、2013年7月空海学会設立、幹事長を務める。
 
 
 
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  町道石を歩こう会
 
 
  高野山 法身の里   竹内先生が寄稿されています
 

 
 
   https://www.facebook.com/choishimichi/posts/337470929693640
 
 
 
  東京新聞 書評   『空海の思想』
 
 
 
  いまを生きぬく力与える [評者]篠原資明=京都大教授
 
 
 
   
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014082402000177.html
 
 
 
 
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    空海の思想
 
 
 
    
 
                竹内 信夫/著  
   
 
         
      
            2014年7月 初版 ちくま新書刊
             
 
 
 
         筑摩書房のホームページは
 
 
       
http://www.chikumashobo.co.jp/
     
   
 
   
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「雨の日は仕事を休みなさい  超・禅的生活のすすめ」

  • 2014.07.01 Tuesday
  • 00:00
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 
 

   【こんな一冊の本】
 
 
 
 

      雨の日は仕事を休みなさい 
 
 
 
 

          超・禅的生活のすすめ   
 
 
 
 
 

                 朝比奈 宗泉/著
 
 
 
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きょうから7月だというのに、今年はどうしたんでしょう
  か。
ずっと雨が降っている。そんな気がします。
 
  農作業のためには、この梅雨の時期が大切なのだとは分か
  っ
ているつもりですが、こう降られっぱなしになりますと、
  も
う勘弁してよと勝手なことをいいたくなります。
 
  この前の日曜だってそうです。
 
  やっと上がった雨空の隙間をぬって、ふらっと買出しにと
  傘
を持たずに行ったものの、本当は忘れたのですが、見事
  にや
られちゃいました。
 
  『傘がない』どころの騒ぎではありません。たとえあった
  っ
てこういう時は役に立ちゃあしません。
 
  慌てて雨宿りにと入ったスーパーで2回停電しまして。外
  で
は雷神さまがもう大活躍でした。後悔先に立たず、とは
  この
ことです。小降りになったのを見計らって、ちょっと
  休める
ところをと、雨宿りの「梯子」をしようと歩道を早
  歩きして
いるとき、昼間っからいい気持ちになっているら
  しいおじさ
んが空に向かって大きな声で文句垂れてるんで
  すね。「おお、
わがご同輩」って声をかけたくなりました
  が…。絡まれても困
りますから。
 
  ともかくもう雨降りは…って言いたい気分です。
 
  閑話休題。
   
 
  『雨の日は仕事を休みなさい』
 
 
  何と魅惑的な題名の本でしょうか。
 
  思わず「ハイ〜」と大きな声で返事をしたくなります。も
  ち
ろんこの著者のことばの奥にはもっと深いところがあり
  ます
でしょうが。
 
  そのまま誰も彼もが「それじゃ、遠慮もなんですから、そ
  う
いうことで本日、雨降りのため仕事をお休みさせていた
  だき
ます」という訳にはいかないのですが、わかっていて
  も先程
の返事をしたくなります(笑)。
 
  それにしても、こんなこころ優しいことばをかけられたら、
  それだけでも安らぐ自分がいることにお気づきになります
  で
しょう。
 
  本書が出版された2008(平成20)年当時85歳の朝比奈宗泉師
  は、
北鎌倉の浄智寺で、住職を退かれて閑栖という職でい
  らした
そうです。TBSテレビのプロデューサーとして『
  兼高かお
る世界の旅』を手がけた方です。
 
  浄智寺は鎌倉の中でも、のるまんじいが好きなお寺の1つ
  で
して北鎌倉の駅から“円覚寺”“東慶寺”と歩いて次に
  目指
すお寺です。小さな山門の前にあるたった数段の階(
  きざは
し)がそれは不揃いに磨滅していて長い風雪を思わ
  せてくれ
ます。
 
  ここへは、その昔中1だった元祖小悪魔クンや今は高2の
  小悪魔
クンとそれぞれ一緒をしたことがあります。そう小
  悪魔軍団
6人衆と訪ねたこともありました。どうしても“
  見せたい”
ところの1つに挙げられます。
 
  その浄智寺の朝比奈さんですが、この本では私たちが聞き
  覚
えのある禅語を挙げて、人の世にさまざま起こる問題を
  とり
込んで同化させ、発展させて、1つの答えを出してお
  いでで
す。
 
  「破草鞋(はそうあい)」(『碧巌録』)から。
 
  この世に無用なものはないということでこのことばを挙げ
  て
おられます。それをより具体的に示そうと若山牧水の『
  枯野
の旅』の「草鞋」という1編の詩を挙げています。
 
 
   草鞋よ お前もいよいよ切れるか
   今日 昨日 一昨日 これで三日間 はいてきた
   はき上手の私と 出来のいいお前と 二人で越えてきた
   山川のあとをしのぶに 捨てられぬ思いもぞする
   なつかしき これの草鞋よ
 
 
  旅を人生に置き換えるなら、「もうオレは無用だ」という
  コ
ンプレックスは「破草鞋」だと言っています。
 
  いつものAmazonさんではこんな具合に紹介されています。
 
  鎌倉古寺(臨済宗円覚寺派・鎌倉五山第四位の浄智寺)の老
  僧
が、あなたにスーッと肩から荷が下りる「ちょっとラク
  に」
生きるコツを伝授。著者は元・TBSプロデューサーか
  ら仏門
へ入った異色の人で、自身のサラリーマン生活およ
  び僧とし
てのさまざまな経験から禅の考え方に基づく提言
  をする。表
題「雨の日は仕事を休みなさい」をはじめ、「
  もっと自分を
甘やかしなさい」「もっと非真面目になりな
  さい」「もっと
欲を出しなさい」「もっとわがままになり
  なさい」…などの
章タイトルにみるように、あえて従来あ
  る考え方を否定する
ことで、本来あるべき己の姿を浮き彫
  りにする。あなたの生
き方が変わる好著。
 
  のんびりと時間の中に身を委ねてこういう本を読むのは如
  何
でしょうか。

  
あるいは本を鞄に忍ばせてぶらりと北鎌倉あたりを訪(お
  と
な)ってみるのも一興でしょう。ちょうど今ごろは、小
  糠雨
に濡れる紫陽花の寺、明月院もよろしいでしょう。も
  う遅い
かなあ。苔むした時代の石たちに降る浄智寺の雨も
  ことさら
風情があるでしょう。
 
  差した和傘に落ちる雨音を楽しむのにもよろしい場所だと
  思
います。
 
  一般向き。「どなたでもどうぞ」ではありますが、こころ
  が
疲れたなとお思いの方に特にお薦めさせていただきます。
 
 

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        雨の日は仕事を休みなさい 

 
 
 
 

          超・禅的生活のすすめ  
 
 
 
 
 

                 朝比奈 宗泉/著

   
 
         
      

            2008年4月 初版 実業之日本社刊
             
 
 
 
           実業之日本社刊のホームページは

 
 
         
http://www.j-n.co.jp/
     
   
 
   

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「聖地巡礼 Begining」

  • 2014.03.08 Saturday
  • 00:01
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 

 

   【こんな一冊の本】

 

 

 

 

       聖地巡礼 Begining

 

 

    

 

 

 

                 内田 樹/著

                 釈 徹宗/著

 

 

 

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   図書館の書棚あたりをいつものように徘徊していてふと目に留

   まった1冊。

 

   「聖地巡礼?」

 

   えっ?内田樹さんと釈徹宗さんの対談本?

 

   これだけでいい。興味津々。ぱらっぱらとページを捲ってみる。

   やっぱり面白そう。借り出すことに決定!

 

   以前、おふたりの対談集『いきなりはじめる仏教入門』(角川

   ソフィア文庫)を興味深く読んだことがある。ただ、難しくて

   ここに取り上げることはできなかった。そんな経緯があった。

 

   そんなおふたりの対談集で。しかも「聖地巡礼」だから…。

 

   聖地巡礼――

 

   そのことばの持つ、何とも正体の知れぬ魅惑的な響き。

 

   サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路――

 

   たとえカトリック信者でなくても、フランスからピレネー山脈

   越えをしてスペインの大西洋に臨むサンティアゴ・デ・コンポ

   ステーラまでのあの道を歩いてみたい、そう思う人も少なくな

   いだろう。

 

   のるまんじいももちろんその中に入っている1人である。いつ

   かきっと…、いつの日か。この歳になってもまだその夢を断て

   ないでいる。

 

   そればかりか、あまり人に言ったことはないのだが、ここのと

   ころ「My 空海ブーム」である。ずっと空海さんを追っかけ

   ている。それなのに、あちらはちっとも振り向いてくれない(

   笑)。すっかり片思い。あまりにスケールが大きくて、その人

   物像が茫洋として(こういう表現が適切か否か分からないが)、

   未だその輪郭すら掴めていないのが現実なんだな、これが。

   「人間」空海を求め歩いている。

 

   それでも、何冊もの素敵な本に出会っている。でも、それらを

   端から垂れ流すのでなく、のるまんじい的に順を追って取り上

   げていきたいと思い、そのための取っ掛かりの本を今も探し続

   けている。

 

   そんな空海さんの四国八十八箇所霊場をめぐる“遍路の旅”、

   これにも限りなく憧れている。

 

   「遍路の旅」に関連した本にも出会っている。これもまたいつ

   の日か。その中で、「遍路」とは、遍照金剛という灌頂名を師

   恵果から授けられた空海さんが歩いた道を歩く人を意味するよ

   うだ。また「同行二人(どうぎょうににん)」とは、たった1人

   で遍路道を歩いたとしても空海さんが(ほかでは弘法大師がと

   ある)いつもいっしょに道連れでいているということのようだ。

 

   こちらもいつの日か、宿願を果たしたく。

 

   そんな思いを抱きながら、本書を開く。

 

   ここに書いたことにちょっとかすったような、しかしもっと深

   い内容が内田氏の「まえがき」にある。

 

   村上春樹氏の『村上朝日堂』に登場する「食堂車の話」、ここ

   からの言い回しを借りて、この「聖地巡礼」の目的を霊的感受

   性を敏感にして「霊的なものの切迫を触覚的に感じること」と

   位置づけておられる。

 

   そこに俳優大泉洋さんが活躍する北海道のローカルテレビ番組

   『水曜どうでしょう』が先例として挙げられているのだから、

   驚くとともにその慧眼たるやいかばかりかと思うのである。『

   水曜どうでしょう』のあのはちゃめちゃぶりへの評価はおそら

   く大きく二分されると思うが。

 

   それはともかく。

 

   内田氏が主宰する「武道と哲学研究のための学塾」凱風館の「

   部活」のひとつ「巡礼部」のメンバーで、先程のサンティアゴ

   ・デ・コンポステーラ巡礼を悲願としている部員が「聖地巡礼

   に行きたいね」と口にしたのが、どうやら今回の企画の発端ら

   しい。

 

   いやいや、この記事の読者の皆さんにとっては何と回りくどい

   ことかと思われるやも知れぬが、のるまんじいいにはこのあた

   り“意外に”大事に思われる。

 

   では、実際にどこを内田氏、釈徹宗氏、そして巡礼部を始めと

   した参加の皆さんがどこを歩いたのか、章立てでご紹介してい

   きたい。

 

 

   キックオフトーク  

 

   どこへ行こうか?聖地巡礼

 

   まず、「聖地」とは?から始まる。

 

   ここでは浄土真宗でよく使われるという「土徳」ということば

   に注目したい。また、東京都出身の内田氏が説く「中央線南北

   二分割論」。これ、もうとってもよくわかる。面白い。そして

   「旋回運動」を持つ東京論も。

 

   いよいよ。

 

 

   chapter1 大阪・上町台地

 

        かすかな霊性に耳をすませる

 

 

   大阪天満宮→難波宮跡公園→生國魂神社→合邦辻→四天王寺 

 

            

   chapter2 京都・蓮台野と鳥辺野

 

        異界への入り口

 

 

   船岡山→千本ゑんま堂→スペースALA−D→六波羅蜜寺→

 

   六道珍皇寺→大谷本廟

 

   

   chapter3 奈良・飛鳥地方

 

        日本の子宮へ

 

 

   橘寺→大神(おおみわ)神社→三輪山登拝  

 

 

   先に釈徹宗師の“あとがき”を読んでおこう。

 

   人は聖地に呼ばれて動く。宗教性に突き動かされて移動する、と。

   そして、我々が聖地巡礼と称しているのは、その地への畏敬の念

   を織り込んだ校歌や謡曲の詞章をうたっている行為に近いともい

   う。その土地、その場、その空間が持つ特有の宗教性をほめ讃え

   ながら歩いているのである。

 

   その場に敬意を表することで、場の宗教性は我々の共鳴盤を振動

   させ始める。やがて生み出す渦に我々は巻き込まれていく。それ

   が聖地巡礼である。

 

   いいなあ、巡礼部のメンバーたち。のるまんじいもその中の1人

   に加えてほしいなあ。内田氏や釈師の話を聴きながら、そしてメ

   ンバー同士語らいながら、場の宗教性を五感で感じながら歩ける

   なんて、何と羨ましいことだ!!

 

   長い引用になって申し訳ないが、

 

   我々の営為は「信じる」よりも「感じる」に近い。できれば、「

   潜んでいる宗教性」を解読したいと考えている。

 

   「聖地巡礼」モデルのグラフ(P320)はぜひご覧いただきたい。

 

   さらに。

 

   2011年3月11日に発生した東日本大震災後に、80歳の詩人・高

   良留美子氏が読んだ詩の一部を紹介している。

 

     東北の巫女たちよ、シャーマンたちよ、よみがえって

     語りはじめよ

 

   と。(改行はのるまんじいの語字数のためによる)

 

   こうしめくくる。

 

   我々は土地の宗教性について語り始めなければならない。魂を揺

   さぶる語りを。その営為なしに、我々の社会の成熟性を高めるこ

   とはできない。

 

   ここに長い引用をさせていただいたことを釈徹宗師にご寛恕願い

   たい。   

 

   さて。

 

   それで、その巡礼の具体的な内容であるが、これはもう直接お読

   みいただかねばならないだろう。ここまで辛抱してお読みいただ

   いたら“巡礼”の内容がどれほど濃密なものであったか、またそ

   こで行われた内田・釈対談が興味深いか想像していただけるだろ

   う。

 

   読んだ者だけが知ることのできる世界の扉はそこにある。その扉

   を開けるか否かはあなた次第である。

  

   ともかく面白かった。のるまんじいも参加したいよ〜。    

 

   一般向け。内田樹・釈徹宗ファンはもちろんのこと、「聖地巡礼

   」に関心をお持ちの方、知られざる“大阪”、“京都”、“飛鳥

   ”が気になる方を始め、すべてのみなさんに一読をお薦めさせて

   いただきたい。

   

 

 

   ==============================================================

 

 

   

 

      凱風館日乗     内田樹   は

 

 

 

 

 

      http://www.mishimaga.com/gaihu/001.html

 

 

 

 

   ==============================================================

 

 

 

      

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「老師と少年」 

  • 2013.05.25 Saturday
  • 00:00
JUGEMテーマ:気になる本

 
 

 【こんな一冊の本】
 
 
 
 

  老師と少年                                                 
 
 
 
 

                   南  直哉/著
 
 

 ===========================================================================
              
 
 

 題名と表紙が気に入って手に取った1冊です。
 
 ですが。
 
 のるまんじいの偏屈なおつむは受け入れてくれませんでした。難
 解な文章ではありませんが、難しいです。
 

 amazonには、出版社からのコメントが載っていましたので、ご
 紹介します。
 

 恐山の禅僧、南直哉師が放つ渾身の一作。
 
 作家・天童荒太氏の「人々の苦悩に深く寄り添い、命に勇気をも
 たらす書」という推薦文にあるように、本書は、「私とは誰か?」
 「存在とは何か?」という永遠に解決することなく人間を苦しめ
 る根本問題について、南直哉師が全身全霊で向い合った一冊です。 
 わずか112ページながら、そこには濃密なフレーズが満載で、「
 お経のよう。音読したい」という方もいるほど。また、著者は現
 役の僧侶ですが、本書の中で仏教用語は使われておらず、「仏教
 書はちょっと・・・」と敬遠すること勿れ。あらためて、自分に
 まつわるあれこれのことをゆっくり考えてみたい、そんなときに
 オススメの一冊です。
 

 そう新潮社の方は語っています。
 
 悔しいの一言です。  
 
 
=============================================================
 
 
     南直哉師による「恐山あれこれ日記」

 
 
 
     
http://indai.blog.ocn.ne.jp/
 
 
 
=============================================================
 
 
 
   
老師と少年                                                 
 
 
 



                  南 直哉/著
 
 
 
             2006年10月初版    新潮社刊
 
 
 
        新潮社のホームページは
 
 
        
http://www.shinchosha.co.jp/
 
 
    
 

   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
   ==============================================================
 

「砂漠と鼠とあんかけ蕎麦 神さまについてのお話」

  • 2012.11.10 Saturday
  • 08:00
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

 

 【こんな一冊の本】

 

 

 

 

       砂漠と鼠とあんかけ蕎麦

      

 

       〜神さまについてのお話〜

 

 


 

                  五味 太郎/著

                       山折 哲雄/著

 

 

 

 ==============================================

 

   

   

   
 絵本作家の五味太郎さんと宗教学者の山折哲雄さん。

 

 このおふたりによる延べ30時間に及ぶ対談を書籍化したのが、
 
本書「砂漠と鼠とあんかけ蕎麦 〜神さまのお話〜」である。

 

 五味さんが偶然にTVで山折さんをご覧になって、すぐに連絡
 取って、それがきっかけで“東京会談”が実現した。それが、

 諾だったのか渋々諾であったのかは不明だそうだが。なんと
まあ
 行動力のあることか、そしてそれを“実現できる環境”に
あるこ
 とか。
          

 

 まずは質問をした。

 

 「神っていったい何ですか?」

 

 還暦を迎えた男の質問でもあるまいと五味さんは思ったそうだが、
 これに対して東京で1晩、京都で2日かけて山折さんは質
問に答
 えてくれたという。

 

 答えには本書中で、みなさんのおいでを待ってもらうことにし
 い。のるまんじいもとてつもなく興味がある。

 

 山折さんは言う。

 

 「神さま」とは、ご承知の通り得体の知れない存在であって、
 れが“躓(つまず)きの石”であった、と。そして、その“
躓き
 の石”の神さまをめぐって、対談では試行錯誤を繰り返し、
行き
 違いはもとより、誤解、曲解の山野を駆け巡って、ときに
は沼や
 池に沈没するような事態にも陥った、と。

 

 そんな中、五味さんが発した「神さまは、やはり無神論者だと
 いますよ」という一言が対談のハイライトだったろうと。

 

 「神さま」が無神論者だって?思わず目が点になりはしないだ
 うか?

 

 さらに、絵を描く人というのは途方もない眼力をそなえている、
 
鳥の目と虫の目の両方を兼ね備えた、文武両道の達人だと感嘆
 たと書く。

 

 「宇宙が誕生した大爆発ビッグバンは、神に点火してもらう必
 ない」とイギリスの宇宙物理学者のスティーブン・ホ―キン
グ博
 士が書いたりしていると山折さんは話した上で、こういう。

 

 もしも「神さま」が、我が五味さんが言うように、「無神論者
 だったら、どうなるか。無神論者の神であるならば、宇宙の
秘密
 を読み解くことなど朝飯前のこと、大爆発ビッグバンに火
を点け
 た張本人もまたその無神論者の神であったかもしれない
ではない
 かと。

 

 近い将来、ぜひともホーキング博士を招いて、三者による鼎談
 計画してみたらどうだろうとアドバルーンを上げる。

 

 この度の会談で、終わってみれば「この空気と熱を感じたかっ
 のだ」と五味さんは振り返っている。

 

 “この空気”とは?

 

 山折さんから昼に「蕎麦でも」たぐろうか誘われて、京都の町
 一緒して歩いた時、こともなげにちょっと寄り道といった感
じで、
 山折さんが西本願寺の境内にずんずんと入って行き、つ
いにはお
 堂の中へついて進んでいってしまった、と。

 

 親鸞聖人(の像)がいらしてこちらを窺っている。その隣には
 尊。ほぼ完璧な配列。得難いシチュエーション。僕が今味わ
うべ
 き宗教的気配ここに極まれり、といった状況だった。僕が
アプロ
 ーチしたい神についての話とはどうやらこんな空気のこ
となのだ
 と五味さんは“あとがき”で書いている。

 

 司馬遼太郎さんと山折さんのテレビでの対談を放送中のこと。

 

 司馬さんが「神道とはどういう宗教なんですか」と問う。する
 「あれは宗教ではありませんから」と軽く答えた。この人は、

 ごいと五味さんはその瞬間から恋に落ちたという。

 

 それを山折さんは、本来の日本の神道は、ほかの宗教、仏教、
 リスト教、イスラム教などとは違って、「教祖、教養、儀礼、

 道」と四大要素を持っていなかった。宗教にして宗教にあら
ざる
 もの、人間の心の奥に潜んでいる、あるいは自然との調和
を自然
 に準備するような、そういう世界だと思うと補足説明し
ている。

 

 それが、仏教と結びついたり儒教として結びついたりして国家
 道になったとき、おかしくなると。国と結びついたときに日
本の
 神道は変質して、普通の宗教が持っている狂気を持つよう
になっ
 たのだろうとも語る。

 

 また。

 

 山折さんがイスラエルに赴いて、イエス・キリストの辿った道
 およそ150キロを旅したとき。行けども行けども砂漠、砂
漠、
 砂漠だけ……の世界だった。そこで、この砂漠の民は、天
上の彼
 方に唯一の価値のあるもの、絶対神を考えざるを得なか
ったと思
 う(と体感した)。

 

 だから、キリスト教やイスラム教の発生を考えるときには、砂
 的風土というものを考えなければいけないとそう思うと。

 
のるまんじいもイスラエルに行ってみたいなあ。ガリラヤ湖畔
 立って風を感じてみたい。

 

 一方の日本は、列島全体が森と山に覆われて、清冽な川が流れ
 海の幸山の幸が豊かで、天上の彼方に唯一価値のあるものを
求め
 る必要がなかった。つまり多神教的なものが発生する風土
的条件
 というのは日本的風土だと彼の地から戻ってみて実感し
たという。

 

 一神的宗教は「信ずる宗教」で、信じるか信じないかが決定的
 問題で、それを信じないということになると、ものすごい過
激な
 無神論者がでてくる。たとえば、サルトルやニーチェがそ
れだっ  
 たりすると(語るのだった)。

 

 それに対して、地上に豊かな自然が存在する世界では、その自
 の中に我が身をひたして、自然とともに共感の生きかたをし
てい
 けば、それで十分に救われるという「感じる宗教」がある
。それ
 は叙情的な宗教でもあると。だから両者は似て非なるも
のだと(
 さらに述べた)。

 
こんな興味深い話題があった。

 

 日本列島人(この言い方興味深く、いい表現だなあ)というのは、
 何かの機会に海を見るチャンスがある民族だと山折さんは
言う。
 海を眺めることのできた民族とまったく見ることのでき
ない民族
 と、精神形成においてものすごい違いがあると思うと
五味さんに
 語る。

 

 たとえば、親鸞。京都で生まれ育って比叡山で修行をする。念
 が弾圧されて流されて越後に行って、初めて彼は海と出会う
。そ
 れ以後、『教行信証』とか『和讃』という最晩年の書の中
にまで、
 ものすごい数の「海」という言葉が出てくる、海のイ
メージに溢
 れかえっている。海との出会いの衝撃の大きさがい
かにすごいも
 のだったか推察できるだろうと。

 

 この海との出会いによって親鸞の信仰が非常に広く深いものに
 った気がすると語る。海の彼方に浄土あり、太陽の沈む落日
の彼
 方に浄土が横たわっているという感覚を我がものにしたの
ではな
 いかと。

 

 さて。

 

 のるまんじいは、いつものように図書館で本書を見つけた。「
 教」というものは、手強く未だによく分からずに、それでも
魅惑
 的な何かを発信するものとして、近寄り過ぎず、さりとて
遠くに
 離れ過ぎずとバランスをずっと長きに亙って保っている
が、今回
 は「なんかおもしろそうじゃん」と思わせてくれるも

   のがあった。

 

 誰だって「なんじゃい、これ?」と思わないだろうか。「砂漠
 については、前述のようにキリスト教やイスラム教の発生す
る風
 土のことだろうというぐらいは想像の範囲にあった。では
「鼠」
 は何を意味しているのだろうか。「あんかけ蕎麦」にい
たっては
 皆目見当がつかなかった。それでもこの題名には人を
引き寄せる
 何かがある、そう思った。「鼠」と「あんかけ蕎麦
」については、
 本書を読んで“謎”を解いていただきたいと思
う。

 

 そして、対談者のおふたりに「ホホー」と声を思わずあげた。

 

 そればかりか、五味さんの手になる表紙絵とイラストもこれま
 おもしろかった。表紙絵だが、グレーと黒、そしてポイント
にな
 る茶色という少ない色づかいの世界。人間が武器を持って
動物を
 捕ろうとしているのだろうか。それとも宇宙人だろうか
。上の方
 に横たわるのは魚のようで、実は宇宙船だろうか。み
なさんはど
 うこの絵を読まれるだろうか。

 

 一般向け。専門的ではないので、高校生でもとっつきにくいと
 うことはないだろうから、高校生以上あらゆる世代の方に“
ぜひ
 に”と薦めたい。活字が大きいのも魅力で、人生のベテラ
ンのみ
 なさんにも目を疲れさせないで読んでいただけるのもよ
い(笑)。

 

 

 ===============================================


      

    西本願寺のホームページは

 

 

        http://www.hongwanji.or.jp/

 

 


    飛雲閣が素敵です

 

 

        http://www.hongwanji.or.jp/about/kenzo/04.html



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「北嶺のひと 比叡山・千日回峰行者 叡南俊照」

  • 2012.03.16 Friday
  • 18:07
JUGEMテーマ:オススメの本 

 

 

 

  【こんな一冊の本】


 
  

 

 

        北嶺のひと

        

 

      〜比叡山・千日回峰行者 叡南俊照〜

        

 

 

                はやし たかし/写真

                村上 護/聞きがき

 

 

 


 
==============================================

 

   


 ものを「書く」ことを通じて、お互いを刺激している人の中に、

 「わが文章修業の師」がいる。この6年、書き始めてからずっ
 今に至っている。

 

 この方が、1月も半ばを過ぎたころに、「仕事で京都に行くこ
 になった、日帰りだけれど」と知らせてくれた。

 

 日帰りだって、仕事だって、京都に行けるのならと、羨ましか
 た。その時は、羨ましさが先に立って、関ヶ原あたりを新幹
線で
 通過するとき、雪のために遅延があることを伝えることも
すっか
 り忘れるほどだった。

 

 「雪の京都」の風情は、一段とよいものだ。

 

 “吹雪いて”前も見えない状態で銀閣寺の境内を歩いた時のこ
 を思い出すとはなしに思い出していた。

 

 もちろん、京都行きは無事に終わり、公私ともに有意義な旅だ
 たという。

 

 そろそろ、「京都へ行きたい」という虫がむくむくと起き始め
 ようだ。

 

 せめて、本の中ででも、京都を旅しようとして、こんな1冊を
 に取ったので、今回ご紹介したい。

 

 

 千日回峰行は、7年間にわたって比叡山の山上山下を礼拝して
 く天台の修験行のである。

 

 これは百日回峰行を満行した行者のうちから、先達たちの厳し
 「谷会議」を経て許される荒行だ。

 

 この行は「行不退(ぎょうふたい)」といって、ひとたび行に入
 たなら、いかなる理由があろうと中途でやめることは許され
ず、
 回峰中は首つり用の死出紐
(しでひも)と自害用の短剣を持
って挑
 む決死の行である。

 

 慈覚大師円仁の弟子・相応和尚によって創始された回峰行は、
 叡山にあって千年の歴史を刻んでいる。

 

 本書では、まず「千日回峰行」をこのように解説している。失
 ながら勝手に改行をさせていただいた。お許しを。

 

 比叡山はすでにみなさんご存知のように、京都府と滋賀県にま
 がる広大で深遠な天台信仰の聖域である。などと平然と書き
なが
 ら、のるまんじいは未だ訪ねる機会がない。自分でも何故
だろう
 と思いながら今に至っている。まだ「時」が熟していな
いのかも
 知れない。“ある日”ひょいっと比叡のお山に行かな
くてはいけ
 ない時が来るのかもしれない。であるなら、焦らず
その「時」を
 今は待つことにしよう。

 

 この荒行に挑む行者の様子を、もう随分昔に、テレビで放送し
 いたのを見た記憶が頭の片隅にある。この時は、酒井雄哉師
だっ
 たろうと記憶している。

 

 白装束で身を固め、峰々をただ黙して歩く姿が清く映ったもの
 った。

 

 本書では、この行に叡南俊照師が1974(昭和49)年から挑んだ姿
 紹介している。読んでいくにつれ、「何も知らない」という
こと
 を知り、表現が適切かどうかわからないが、「新鮮」だっ
た。は
 やしたかし
(林孝)さんのファインダーを通して拝見する
叡南師の
 穏やかで優しいほほ笑みがなんともいえなかった。

 

 さて。

 

 回峰行の700日までは、己を不動明王に近づけるための自利
  (
自分のための行)だそうだ。この間、毎日30キロを6時間
かけ
 てひたすら歩く。のるまんじいは、簡単に「ああ、そうな
んだ」
 とばかりに簡単にタイピングしているが、これはもうす
でにとん
 でもないことだ。

 

 「30キロを6時間かけて」――

 

 われわれが平地でもいいからこれに挑むとしよう。よくロング
 ォーキングするときの手引きに「1日24キロ」ぐらいを目
安に
 と書いてある。それを上回るときは、「きょうは、かなり
の長距
 離を歩くことになるので」と言ったように補足されてい
る。

 

 「行」は比叡の山々を下り、また上りの連続であって、それを
 0キロこなすのだという。それだけでも、へなへなとなりそ
うな
 のに。まずは700日に向かって、1日も休まずだという
のだ。
 それこそ「何か」を求めなければ、あるいは“求道する
こころ”
 がなければ、到底できるものではないだろう。

 

 “衆生界”にあって、煩悩のままに生きているのるまんじいな
 ぞ、常日頃の“ダイエットのための”ウォーキングでさえ、
「き
 ょうは雨だからスルーだ」とか「寒いから明日にしよう」
なんて
 いうような言い訳を口にする日々である。それこそ穴が
あったら
 何とかだ。

 

 ところで。

 

 回峰行の百日間につき1日だけ、“京都切廻り”という人のた
 に祈る化他行という日が設けられている。その日、行者は比
叡山
 から下りて、京都市中の54キロを行じながら歩くのだそ
うだ。
 本書にはその道順と久保田美簾堂さんの前を行く行者一
行の写真
 が掲載されている。モノクロの写真だが、歩く一行の
それぞれに
 影が添っているのが妙に懐かしさを感じさせてくれ
た。

 

 なお、300日までは素足に草鞋と決まっているそうだ。痛さ
 我慢して歩くうちに、足の方が野生化して平気になるという。

 

 この日々には、平穏ばかりではなく、病に襲われることもあっ
 という。しかし、初めにもあったように、だからといって、
行を
 休むことは許されない。どんな体調の日であっても、歩か
なくて
 はいけないという。

 

 激しい腹痛と下痢の時、普通だったら6時間くらいのところを
 0時間もかかって歩いたという。妄想にとらわれ、死ぬこと
を考
 えたと。この腹痛は1週間続いたという。それでも歩く。

 

 出峰の時、こんな師でさえ、「嫌だなあ、眠い」と思われたり、

 自坊に戻ったときに「ああ、やれやれ」といった安堵感があっ
 と読むと凡人はホッとする。

 

 700日満行したのち、「堂入り」になる。明王堂に籠って9
 間、断食、断水、不眠、不臥で、1日十萬遍不動呪念呪を続
ける
 行だそうだ。現代医学では、9日間1滴の水も飲まないと
いうの
 は死を意味するそうだ。7日間がぎりぎり限界というの
が定説だ。

 

 堂入りの際、“生き別れの宴”が催され、こういう挨拶がある
 いう。

 

 「いよいよ堂入りすることになりますが、もし不動明王が他利
 を許すとおおせになるなら、生きて再び皆さん方とまみえる
こと
 ができましょう。しかしその必要がないと判断されたなら
ば、き
 ょうが永遠の別れでございます」云々。

 

 これが無事済んで、当行満となり、初めて“阿闍梨”と呼ばれる。

 

 師と小僧さんたちと撮った写真がある。この小僧さんたちに“
 資相承”というのか、伝統を厳しく教えていかねばならない
と述
 べている。

 

 賑わいを見せる京都にあって、このような厳しい行が千年も続
 られていることに、今さらながら驚いた。

 
それでもさすが京都だなと思わせたのは、この回峰行の行者さ
 が町の人びとにとって、現代にあってもとても身近な存在だ
とい
 うことも知った。

 

 叡南師が「阿闍梨」さんになったその後については、ぜひ本書
 手に取ってお読みいただきたく思う。東京都内の公立図書館
の蔵
 書を検索してみたところ、都立図書館を始め11区5市の
図書館
 に本書があることがわかった。

 

 のるまんじいは、小さいころから「門前の小僧」よろしく、菩
 寺にうきうき出かけて“座禅”の真似ごとをしたり、機会が
ある
 とおやじに本山へ連れて行ってもらったりした。それがあ
る時、
 あるきっかけで、そこを離れ以来、ふらふらし始めた。
今でも、
 そのふらふらは続いている。

 

 本書は、知人から「いかが」と渡されたものだった。それにし
 も「天台密教」のことは何にもわかっていない。いやいや、
仏教
 そのものだって実はわかっていないんだな。京都にある「
曼殊院
 」や「青蓮院」といったような門跡寺院のいくつかを訪
れたこと
 があるぐらいである。この曼殊院に“黄不動”が、青
蓮院に“青
 不動”があることが知られている。

 

 NHK大河ドラマ「平清盛」で、興福寺の僧兵が朝廷に強訴を
 ようとする場面があったが、叡山の僧兵も登場するかもしれ
ない。

 

 栄西、道元、法然、親鸞、日蓮といったような当時新しい仏教
 開いていった多くの名僧たちを輩出した比叡山の“懐の広さ
”を
 知ってみたいと改めて今回思った。

 

 「比叡山宗教サミット」を開催し、“一隅を照らす運動”を推
 なさって、パワフルで行動的だったところから「空飛ぶお座
主」
 と呼ばれた山田恵諦元座主が「序」を寄せておいでになっ
ている。
 これもお読みいただきたい。

 

 なお、「北嶺のひと」の“北嶺”は“北嶺(延暦寺)南都(興
 寺など)”からきていると思われる。

 

 上でも書いたが、表紙と裏表紙を飾る叡南師のお顔が何とも言
 ない。

 

 一般向け。京都の銘菓「阿闍梨餅」が好きなんだけど、なんて
 うきっかけでもお読みいただけたらいいなあと思う。高校生
にも
 一読をお薦めしたい。

   

<
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「住職がつづる 薬師寺物語」

  • 2011.10.06 Thursday
  • 07:31
JUGEMテーマ:オススメの本


 

 【こんな1冊の本】

 

 


    住職がつづる 薬師寺物語 
    安田 暎胤/著




    著者の安田暎胤師は奈良市西ノ京にあります法相宗大本山薬
    寺の前管長にあたられる方でらっしゃいます。

   
もう随分前のことになりますが、伽藍の再興に尽くされた高
    好胤師とご一緒のところをお見かけしたところがあります
が、
    あくまで寡黙でまことに学僧の趣のある方のような印象
が鮮明
    に残っています。

 

  一方で、目が大きくておいででちょっと怖い感じもしたもの
    す
()。決して、そんなことはありません。念のため。

  
そんな暎胤さん(“さん”づけとはなんたることかとのご意
  があるやもしれませんが、関西では親しみをこめてこうお
呼び
  することが多いんです)が住職在任中にお書きになった
のが本
  書です。

 

  薬師寺では、昨冬から国宝の東塔が全面的な解体修理に入って、
  その落慶法要が行われるまで10年という月日を待たな
くては
  なりません。

 

  歌人の佐佐木信綱が

 

    行く秋の 大和の国の 薬師寺の

 

         塔の上なる ひとひらの雲

 

  と詠んだあの「東塔」です。

 

  12歳で出家し、その薬師寺の小僧となられて以来、現在ま
  ずっと関わっておいでになります。早朝5時の堂参(諸堂
の参
  拝と読経)が初めのころは辛かったと回想されています。

 

  師匠の橋本凝胤師は大変に厳しかった方だそうですが、叱ら
  るのが何より辛くて、毎朝のように師匠を追いかけて走っ
たそ
  うです。お堂のお燈明をつけるのが役目だったとのこと。

 

  今でいう小6の男の子が、ぽんとお寺さんに預けられ周りは
  んな他人で、それも男所帯。どんなにか心細く寂しかったこと
  で
しょうか。それにその時期は、どんなに寝ても寝足らないく

  て身体が眠りを要求するころですから、さぞやと思われます。

  

  内容としてですが

 

   心を深く見詰める「唯識」と法相宗

 

   天武・持統両帝の愛の形「薬師寺」

 

   癒しの寺の美しいみ佛たち

 

   二人の大先達と忘れ得ぬ師、友

 

   二十一世紀、心のまほろばへ

 

  と書き続かれています。

 

  首都圏に住む公立の中高生たちは、修学旅行で京都・奈良の地
  を今
でも訪れる機会が多いと思いますが、どうも「連れて行か
  れ
る」意識が強くて、残念ながら自分から知ろう、観ようとい

  う気持ちが少ないようです。

 

  そんな中高生たちにこの本を薦めるのはまだ無理でしょうか
  あくまで易しく書かれて「入門書」の感がありますから、
読ん
  でほしいとは思うのですが。

 

  それよりも、「おとなの修学旅行」のためになるでしょうか。

 

  そこここに“秘話”も書かれていますので、ご一読をお薦め
  ます。

 

 

   =============================================

 

   

 薬師寺の公式サイトは

 

 

     http://www.nara-yakushiji.com/

 

 

       安田暎胤師のインタビューが見られます

 

  (背景の「南無佛」は高田好胤師の書と思われます)

 

 

   http://www.hirameki.tv/10video/yasuda/5heart-y1.html

 

 

   =========================================

 

 

   住職がつづる 薬師寺物語       安田 暎胤/著

                    

      

        

 

 

             200411月 初版 四季社刊

 

 

   四季社のホームページは

 

 

   http://www.shikisha.co.jp/

 

 

   ============================================

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