「平安人の時間表現 『暁』の謎を解く」

  • 2015.01.23 Friday
  • 00:06
JUGEMテーマ:オススメの本

   【こんな一冊の本】
 
 
 
 
 
        平安人の時間表現 
 
 
 
 
                 「暁」の謎を解く
 
 
 
 
                  小林 賢章/著
 
 
 
 
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   冬には夜が似合うと思う。
 
   それもどちらかといえば、童謡『冬の星座』よろしく寒さ滲
   みる真冬の夜空にこぼれんばかりの星たちのきらめき――こ
   れも決して嫌いではないが、どちらかといえばだ、凛とした
   漆黒の闇が支配する世界が似つかわしいように思うのだ。
 
   もちろん、私見である。
 
   それも、今のように明かりがどこからともなく洩れ光るよう
   な間の抜けたのではなくでなく、本当の意味の「夜」である。
 
   
 
    春はあけぼの
 
    やうやう白くなりゆく山際、すこしあかりて、紫だちたる
    雲の細くたなびきたる。
 
 
    夏は夜
 
    月の頃はさらなり、闇もなほ、螢(ほたる)飛びちがひた
    る。雨など降るも、をかし。
 
 
    秋は夕暮。
 
    夕日のさして山端いと近くなりたるに、烏の寝所へ行くと
    て、三つ四つ二つなど、飛び行くさへあはれなり。まして
    雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆる、いとをかし。
    日入りはてて、風の音、蟲の音など。
 
 
    冬はつとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜
    などのいと白きも、またさらでも  いと寒きに、火など急
    ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になり
    て、ぬるくゆるびもていけば、炭櫃(すびつ)・火桶の火
    も、白き灰がちになりぬるは わろし。
   
 
   言うまでもなく平安文学を代表する最高峰『枕草子』の序段
   である。
 
   清少納言は夜は「夏」だとおっしゃる。
 
   確かに楽しみとして夜は夏かも知れない。
 
   だが、「夜」そのものとなったらどうだろう。
 
   そして、またのるまんじいはその昔から、
 
 
    冬はつとめて――
 
   
   の、「つとめて」が気になっていた。
 
   清少納言が十能に炭を起こして持って渡っていく姿を想像し
   て美しいと感嘆するのである。ここは清少納言でなくてはな
   らぬ、もう一方では感じが出ない。のるまんじいがこちらの
   ファンだからかも知れぬ。
 
   しかも「つとめて」ばかりでなく、美しい響きを持つことば
   「暁(あかつき)」の存在が忘れられなかった。
 
   「暁」には、成人してから「暁の茶事」に捉われてしまった
   のだった。
 
   寒さ厳しく凛とした厳冬のころ、まだ闇が世間をおおってい
   る時間に迎え付けがあり、どちらかといえば“難しい”茶事
   の印象があり、こちらも片時も心から離れなかった。
 
   今でもそうである。
 
   それが、ある時、表題のような1冊があることをとある新聞
   の書評によって知ったのだった。確か8月の暑いころだった
   ろうか。
 
 
 
      平安人の時間表現
 
 
 
           「暁」の謎を解く
 
 
   何ともミステリアスな、今まで漠然と気にはしていたものの
   分からぬことがこの1冊にぎゅうと凝縮されて答えとして載
   っているのだと、直感したのだ。
 
   ならば、いざ。
 
   まさに「目からうろこのようなものが…」である。
 
 
      第1章 平安時代、日付はいつ変わったのか
 
 
   第2章 「暁」――男女の思いが交錯した時間
 
 
   第3章 「有明」――平安人の美意識が重なる言葉
 
   
   第4章 動詞「明く」が持つ重要な意味
 
   
   第5章 「夜もすがら・夜一夜」――
 
 
         平安人(びと)の「一晩中」とは
 
 
 
   第6章 「今宵」―ー今晩も昨晩も
 
 
   第7章 「夜をこめて」――いつ「鳥の空音」をはかったか
       ?
 
 
   第8章 「さ夜更けて」――午前3時に向かう動き
 
 
   ああ、もうこの章立てだけで、胸がいっぱいになるようなそ
   んな思いにかられてしまった。
 
   誰が、「日付」が午前0時を期して変わらぬなどと予想した
   ことがあるだろうか?
 
   言われてみれば、私たちは明治5年に時の新政府が「太陰暦
   」を「太陽暦」に変更したことについては習った。しかし、
   日付が変わるその「時」が動くなどということは思っても見
   ぬことであった。
 
   確かに、江戸時代は「不定時法」が採用され、明治になって
   から「定時法」に変更されたと――。これは、学校で聞いた
   のではなかったと思う。
 
   「不定時法」の前に、「定時法」が使われていたことを誰が
   知っていよう。
 
   本書の筆者、同志社女子大教授の小林賢章氏は、平安時代、
   氏が名づけるところの「日付変更点」は午前3時においてい
   た、というのである。ここからその「日」が始まり、最初の
   2時間を「暁」、3時からあるところまでぐらいを「暁方(
   あかつきがた)」と呼ぶ、と書いておられる。
 
   なぜ、午前3時が「日付変更点」で、どうしてそこからを「
   暁」と読んだのかは、当時の和歌をふんだんに引用されて解
   説しておられる本書を直接読まれたい。
 
   また、「暁」と入れ替わりのように午前5時に「つとめて」
   が使われている。
 
      当時の宮廷生活、そして貴族たちの「通い婚」にこの「日付
   変更点」が大切な役割を果たしていることにぜひとも注目し
   たい。「後朝(きぬぎぬ)」についても詳しい。高校生のこ
   ろ、妄想盛りだったのになあ…。
 
 
 
     逢ひ見ての のちの心に くらぶれば
       
 
            昔はものを 思はざりけり
 
 
                    権中納言敦忠
 
 
   これだけでも大変だったのだから(笑)。
   
 
   「暁」に関して。
 
   奈良時代は「アカトキ」と呼ばれ、これが時代とともに「あ
   かつき」になり、室町時代ぐらいになると「あかつき」に卯
   の刻(午前5時から7時)を意識して使うようになったとあ
   る。
 
   時代の変遷とはこんなところにも興味深いことを示してくれ
   ている。
 
   今回は深入りしないようにと思っているのが、先ほど触れた
   「暁の茶事」である。
 
   ご存知のように茶の湯を大成したのは織豊時代の千利休居士
   であり、当時はいつでも“茶”を楽しめるようにと火種を絶
   やさず「こんなときにこそ」というようなエピソードが残さ
   れているから、「暁の茶事」が行われるようになったのはも
   っと時代は新しかろうと思われる。
 
   それでも厳冬のまだ闇夜の中で幕が開く茶事にのるまんじい
   は興味深深、自分がご亭主をするような力量これなく、せめ
   て一期一会の客として参会したいと念じるばかりである。
 
   もし、これが平安時代の「暁」、午前3時の寄付(よりつき
   )であったとしても、一度くらいは夜から「つとめて」へ外
   界がバトンタッチをするころ、中立(なかだち)から後入り
   へそして明けゆく外を感じながらの「濃茶」、そのまま動座
   せずに「続き薄」でも、はたまた朝の空気の中を広間に移し
   ての「薄茶」もまたよしではないか。
 
   これについてはまた書こう。
 
   平安文学に関心がある方はもちろんのこと、「時間」に興味
   がある方。はたまたのるまんじいのような愚にもつかぬよう
   な“雑学”大好き人間の方にはぜひともお薦めしたい1冊で
   ある。
   
   京都で「お茶事」なんてよろしいなあ、そう思ってしまった。
 
 
 
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      京都御所 一般公開は
 
 
 
        
http://www.kunaicho.go.jp/event/kyotogosho/kyotogosho.html
 
 
 
 
 
 
      同志社女子大学のホーム・ページは
 
 
 
        
http://www.dwc.doshisha.ac.jp/
 
 
 
 
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       平安人の時間表現 
 
 
 
 
                 「暁」の謎を解く
 
 
 
 
                  小林 賢章/著 
   
 
         
      
             2013年3月 初版 角川学芸出版刊
             
 
 
 
          角川学芸出版のホームページは
 
 
         
http://www.kadokawagakugei.com/
     
   
 
   
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「童話作家はいかが」

  • 2014.06.25 Wednesday
  • 01:25
JUGEMテーマ:オススメの本

 
 
 

   【こんな一冊の本】
 
 
 
 

   童話作家はいかが   
 
 
 
 
 

                 斉藤 洋/著
 
 
 

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   童話作家・斉藤洋さんはいかにして誕生したか、それを物語
   る
本を発見しちゃいました。
 

   それは、ほんとに偶然のできごとでした。
 
   図書館の書架をあっちでもないこっちでもないとうろついて
   い
た時のことです。もうよくやるんです。無目的に。はた迷
   惑か
も知れませんね(苦笑)。
 

   「おやあ、この本は?」と手に取って、ぱらぱらっとめくっ
   て
直感的に「ヤッター」となった次第です。まこと、そんな
   感じ
でした。
 
   
「ルドルフとイッパイアッテナ」をこのブログで以前ご紹介
    さ
せていただきましたが、この作品が斉藤さんの処女作にな
    りま
す。
 

   この代表作がいかにして世に出たか、そしてそれから後、斉
   藤
先生の身に何が起こったのかということがここではつづら
   れて
います。
 

   そして、斉藤さんのあとに続こうと希望、あるいは野望、は
   た
また妄想を抱いている、そんな方のためにアドヴァイスを
   とい
うお話が描かれているのです。
 

   例のAmazonさんでは――
 
 

   『ルドルフとイッパイアッテナ』でおなじみの人気作家が明
   か
す童話作家への道および二足のわらじ論!!
 
 

   ひょんなことから初めて書いた童話が、児童文学の新人賞を
   受
賞し、デビュー作は数十万部のロングセラー。気がつくと、「
   童話作家」などと呼ばれていたが……。さて、「童話作家」
   の
仕事の真実とはいかなるものか?ユーモアと諧謔に満ちた
   体験
的職業論とユニークな27の教訓。
 
 

   ~本文からの「教訓」抜粋~
 
   ●チャンスはただでは訪れない
   ●平均より現物にあたれ。
   ●尊敬より愛がだいじ。
   ●往々にして重大な意味は細部に宿る。
   ●日常生活は空想の宝庫である。
   ●児童書の読者は老若男女ほとんどすべての人々である。

   ●こちらのバラはとなりから見ているほどには赤くない。 
 
   とまあこんな具合です。長い引用になりましたが。
 
   それにしても、表紙絵を担当している高畠純さんの絵がいい
   味
わいをしています。
 
     カウンターを前にして語らうバク(獏)と耳を傾けている大
   きな
猫の姿は、作家さんと編集者が打ち合わせをしていると
   ころで
しょうか。大猫の前には炭酸水が、「童話作家はいか
   が」と話
しているバクの前には鉛筆が1本転がっています。
 

   さて。
 
   斉藤さんはずっと順風満帆の道を歩いておいでの方だろうと、 
   失礼ながら勝手にのるまんじいは思っていました。
 
   それが、案に相違して、亜細亜大学の教授職に就かれるまで、
   人知れぬご苦労があったということを本書によって知ったの
   で
す。
 
   では、その内容はいかにと、特に斉藤ファンでなくてもここ
   ろ
が逸りますでしょ。でも、それはこの本を読んでからのお
   楽し
みとまいりましょう。
 
   なんだか、「自分ももしかしたら童話作家になれるんじゃな
   い
かな」なんて気持ちにさせてくれる1冊です。
 
   一般向け。それも斉藤ファンむけの一冊です。中学生ぐらい
   の
方から十分に読めます。斉藤さんて、こんな人だったんだ
   って
思うこと請け合いです。  
 
 
 

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     斉藤 洋さんの作品紹介
 
 
 
     
「風力鉄道に乗って」(理論社/
 
 
 
     
「日曜日の朝ぼくは」(理論社/)
 
 
 
     
「黄色いポストの郵便配達」(理論/
 
 
 

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    童話作家はいかが   
 
 
 
 
 
                  斉藤 洋/著            
 
 
 
 
             2002年5月 初版 講談社刊
             
 
 
           講談社のBOOK倶楽部のホームページは
 
 
         
http://bookclub.kodansha.co.jp/
 
 
 

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「どんぐり 北川冬彦」

  • 2014.03.29 Saturday
  • 00:01
JUGEMテーマ:エッセイ



 

      どんぐりの実 

 

 

 

 

 

                      北川冬彦

 

 

 

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      前回、ご紹介できなかった「どんぐり」が登場する“詩”。

   

  北川冬彦氏の散文詩『どんぐりの実』がそれだ。

 

 

 

 

          どんぐりの実

 

 

 
  
七歳の息子が、どんぐりの実をポケットにいっぱいふくらませて、
   一つ二つずつ庭石につまみ出しては、げたでふみにじって
いる。

  
「もったいないことをするな。」
  
「いくらでもおっこってるんだよ。」
  
息子の案内で行って見ると、意外にも宿のわきの、日ごろ出入
  には目
じるしとして親しい一本の空にとどくような大木であ
った。

 

  折からの一陣の風に、物置のトタン屋根をめくら打ちにし、私
  ちの頭の上にもバラバラと落ちてきた。足元を見れば、一面
にど
  んぐりは落ちしいている。

 

  だまって拾い始めると、
  
「どうするの。」と、息子はけげんな顔付きである。
  
「何にも食べるものがなくなったら食べるんだ。」
  
じょうだんともまじめともつかない調子で私が言うと、
  
「おかあちゃんが、どんぐり食べるとばかになるから食べちゃ
   けないって言ってたよ。」
と、なじるように言う。
  
「仕方がないさ、何にも食べるものがなくなったから。」
  
「ばかになってもいいの?」
  
「うん。」
  
私がなおも拾い続けると、息子もいっしょになって熱心に拾い
  した。
  
「ばかになってもいいんだね。何も食べるものがなくなったら。
   
ばかになってもいいやね。何も食べるものがなくなったら。」
  
と、歌うような調子で言いながら。
  
あたりはうす暗くなってきた。私はみょうに物悲しくなって、
  
「配給の粉にだって、どんぐりの粉がはいっているんだよ。」

  と言うと、かわいい声がして、
  
「どおりで、このごろ皆おばかになっちゃったのね。」
  
私はびっくりして拾う手を休め、頭を上げると、目の前にいつ
  間にか十歳になる隣の女の子がニコリともせず立っていた。


  
改行はのるまんじいが勝手にしたもので、原本の通りでないこ
  をお断りしておく。


   
『蛇』(北川冬彦著 炉書房 1947)所収「どんぐりの実」


  
作者、北川冬彦氏について、そして作品の感想を今回もまたこ

  こに載せることをしないでおこうと思う。20年以上も前に出

  会った1篇の詩である。それだけ書くとこの原稿をお読みのみ

  なさまには、すでにのるまんじいの感想をお分かりいただける

  だろう、そう思うのだ。

  

      なお、青空文庫に北川冬彦氏の「詩集『戰爭』」に対してかの

  『檸檬』の作者、梶井基次郎が著した評論が所収されている。

 

  そちらも併せてお読みいただけたら幸いである。

 

 

 

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       詩集『戰爭』

 

 

 

  

                梶井基次郎

 

 

 

      

                 http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/3565_24933.html

 

 

 

   

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「60歳で小説家になる。」

  • 2013.10.18 Friday
  • 18:58
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

        60歳で小説家になる。

 

 


 

 

 

                   森村 誠一/著

 

 

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  みなさんは覚えておいでだろうか?

 

  自身が小学校の卒業文集に寄せた「将来なりたい職業は?」
  と
の質問の答えを。

 

  えっ?そんなのなかった?

 

  であれば、数十年前のまだ愛らしかったころの自分を思い出
  し
てみていただきたい。

 

  第一生命が毎年実施している幼稚園児・保育園児〜小6まで
  を対
象にした「子供たちのなりたい職業ランキング」の2013
  年度版
をのぞいてみると、男の子のなりたい職業の1位は

 

     

     サッカー選手(3年連続!)

  
2位が      刑事・警察官(21年ぶり)

    

  同率2位で    学者・博士

 

  ちなみに野球選手は4位だったという。

  
一方、女の子はどんな職業に就きたいかというと

 

     

  1位が      食べ物屋さん なんと16年連続!

  2位に      看護師 

  3位は      幼稚園・保育園の先生だという。

  
興味がおありになったら、ホームページをお訪ねいただきた
  い。

 

  まあ、今を生きる子どもたちは、こんな風に思っている訳だ
  が、ではのるまんじいが同じ頃何になりたかったかというと、

  吹き出さないでいただきたいが、「小説家、政治家」と恥じ
  
らいもなくのうのうと書いた記憶がある。もう少し小さい時

  は、“落語家”になりたいと思っていた。

  
息子の性格をよく承知していた母親から、「政治家はやめて

  くれ」というようなことを言われたような気がする。後年に

  なって、母方の伯父のひとりがある市の議員を務めたことが

  あるが、それもおふくろは嫌がっていた。今思えば、同じ血

  が流れているんだなあと思う。その伯父と政治談議をさせて

  もらったことはなかったが。まあ、そんなに神経が図太いほ

  うでない、のるまんじい、かあちゃんにそう言われなくても

  不向きな職業だと思ったし、「諦めた」訳ではなく、「やー

  めた」だったのだった。

 

  それは、あくまで余談であって。「小説家」も甚だおこがま

  しく、その才なしと早々に諦めたのだった。それでも、いい

  歳になってから、ひょいと思うところあって、文章を書きた

  くてなって、メールマガジンを使って配信させていただき、

  そしてついにブログデビューを果たせたというところで。も

  っといえば、とある○○賞などに募集して…、その結果は、

  ハ・ハ・ハであった。

 

  世の中、そんな甘くはないのである。

 

  ま、そんなのるまんじいだから、本書の『60歳で小説家に

  なる。』なんて題名を見つけてしまったら、さすがに手に取

  らずにスルーことはできないだろう(爆笑)。しかも著者が森

  村誠一氏だというのだから。

 

  少しばかり長いが、裏表紙に書いてあるコピーを引用させて

  いただこう。

 

  6070代の文学新人賞受賞者が急増中だ。その多くがリタイ

  ア後に、本格的に執筆を始めている。実は、出世できない人

  ほど小説家に向いている。自己顕示欲が強く、哲学的疑問を

  持ち、社会に不適合であることは、作家として重要な資質だ

  からだ。現役時代にネタを仕入れ、時間が自由になる定年後

  にデビューすることこそ、理想の第二の人生。自身もサラリ

  ーマン経験を持ち、プロ作家を多数育成してきた著者が、そ

  の戦略とノウハウを伝授。

  

  あなたも、明日から「小説家」!

 

  とまあ、こんな具合だ(決して揶揄しているつもりはない、
  
だったらここで紹介させていただかない)。  

 

  森村さんは第3章「小説を書き始める際に必要なこと」とし

  て、次のようなことを挙げておられる。

 

    1.人生を諦めない。

 

    2.小説家には定年がなく、永遠の途上であり続ける。

 

    3.事務および自己管理能力を高める。

 

    4.人間関係には気を遣わなくてもいい。

 

  なるほどなあ、そうだよなあと。特に4はそうだなあと思う。

 

  また、第5章「作家になると、こんな得をする」でこんなこ

  とを書いている。ウーン、ぐっと惹かれるなあ。

 

    1.搾取がない。

 

    2.朝寝坊ができる幸せ。

 

    3.交遊関係が広くなる。

 

    4.新刊本が無料で読める。

 

    5.取材によって広がる空間。

 

  3と5はいいなあ。4もだけれど。リタイアすれば、長い間

  ついて回ってくれた肩書きがなくなり、つきあいも激減する

  という。言えば「肩書き」に付きあってもらっていた訳だ。

  そんな心配がないのはいい。5はやはり「好奇心」「探究心

  」を失わないためには必須だろう。人間、枯れちゃいかんぜ

  よ、だな。

 

  第6章の「アイディアはどこから生まれるか」にあった「不

  幸な体験が最強の武器になる」では、胸を容赦なく突いてく

  ることが書かれてある。

 

  芸術は、人間にとってプラスであり、幸福な事象よりもマイ

  ナスの不幸な事象を素材にしたほうが、優れた作品が生まれ

  るようである。ピカソのゲルニカ、バチカン美術館の所蔵品

  などの例を挙げるまでもなく、文芸、音楽、美術、演劇、映

  画などによって、非人間的な事象が不朽の作品に昇華されて

  いる。

 

  東日本大震災で被災された人々が、絶望の底から立ち上がり、

  創作を始めた句を俳人の黛まどか氏が直接現地に入って、集

  めてきた俳句の一部が載る。

 

     

        絶望の底にありて花明かり

 

                  (詠み人知らず)

 

  この句に、同じく詠み人知らずの被災者が下の句を。

 

  

        その奥にこそ、明日はありなむ

 

        寒昴誰もだれかのただ一人 (釜石市 照井さん)

 

  切なすぎる。でも、そこに人間の強さ感じることができる。

  ただ、低頭するのみ。

 

  そしてまた。

 

  3年8か月以上収監された身であった角川春樹氏の句が載る。

 

 

        そこにあるすすきが遠し檻の中

 

 

  森村氏はこう書く。

 

  この間の自由の束縛は、人生一度限りの貴重な時間の膨大な

  流出であったろう。だが、彼は大量の出血のような時間の流

  出を、決して無駄にしなかった。

 

  と。

 

  ここに挙げられた俳句とそれを紹介した文章に出会えたこと

  は、本書を開いたからこそ得られたものである。

 

  震えた。しばらくの間、どうしようもなかった。

 

  第7章で実践編ともいうべき「小説の書き方」が著されてい

  る。これは、読まなきゃ。

 

  最後に、“新人賞一覧”がある。

 

  一般向け。小説家、志望に限らずどなたが読まれても、わく

  
  わくする1冊だと思う。さすが、森村氏、読ませてくれる。

  また、“60歳”に抵抗を感じず、幅広い世代にお読みいた

  だきたい。

 

  いつもなら、ここで、終わるのだが、もうちょっとだけおき

  合い願いたい。

 

  実は、のるまんじい、「子泣き爺」の襲来を受けた模様で、

  只今、右肩、右腕が思うように動かなくて、痛くて、四苦八

  苦している。

 

  「子泣き爺」については、わが盟友女史のブログの「書けな
    い病」で迎えた満5周年」
で迎えた満5周年」に詳しいが、
  そこにのるまんじ
いは、「『子泣き爺』が肩に乗っている図
  を想像してしまい
ました()。「子泣き爺」も可愛がってや
  ってください。い
つかわかってくれる時がきっときますよ。
  」なんて能天気な
コメントをした。

 

  どうもこれがよくなかったらしい。「子泣き爺」のヤツ、だ

  ったら一丁お前んところへも出前をしてやろうとばかり、「

  よっこいしょ」とのるまんじいの肩に乗りやがったらしい。

  そればかりか、だっこちゃんよろしく腕にもくっつきやがっ

  たようで、楽しんでいるのだ。

 

  まあ、これを、“五十肩”と世間では呼ぶらしい()60

  でのカウントダウンもあと少しという頃になって“五十肩”

  もないもんだ、とも思うが。

 

  ところが、これで実害が出ている。

 

  腕を思うように伸ばせず、後ろで腕が組めない、つまり着物

  の帯が締められない。パソコンのマウスのところまでうまく  

  届かない。そしてキーボードをやたら打ち間違える。同じ語

  句を何度も何度も打ち直してもちゃんといかない。ずっとこ

  の状態が続いている()

 

  最後にもう1つ。

 

  ここのところ児童書を紹介できていない。読んではいるのだ。

  前回も、そして今回も児童書でいくつもりだった。それが、

  どうやってもうまくいかない。上手くいかない時は、すっぱ

  りと諦めることにしているので、「この頃どうしちゃったん

  だ」と秘かに思われておいでの方には、「あの野郎、スラン

  プにでも陥ったか」とご寛恕をいただきたく思う次第である。

 

  次回予定していた児童書は、自宅近くの図書館にも、仕事場

  の近くにも所蔵されていないことがわかって、ガクッときた。

 

  そんな訳で、特に“五十肩”ということで、配信させていた

  だく回数を減らしたことをご報告させていただいて、お開き

  にさせていただこう。

 

  どなたも、ごきげんよう。

 

   

 

 ================================================

 

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「子どもの本の森へ」

  • 2012.02.11 Saturday
  • 00:01
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

  

        子どもの本の森へ

 

 

 

         

 

 

                河合 隼雄/著                      
                長田 弘/著

 

 

 

  ==============================================

   

   

   

 『子どもの本の森へ』――

 

 

    きみは庭をもっていたんだ

    そしてそれは魔法の庭で

    庭には1本の木があって

    それは魔法の木だったんだ

 

       (中略)

 

    ベッドの前にはテーブルがある

    それが魔法のテーブルでさ

    上には1冊の本がのっていた

    そしてそれは魔法の本でね

    本の中には書かれていたんだ――

    【             】

 

 本書のまえがきに、著者で詩人の長田弘さんが、子どもの本の
 界を思い描くときに思いおよぶのが上の詩だと書いておられ
る。

 

 この詩は、古くからドイツに伝わる『少年の魔法の笛』という
 謡集の中に載っている『魔法の庭』(山室静/訳)だそうで
ある。
 のるまんじいは、慌ててこの本を探してみたが、『山室
静自選集
 』の中にあるらしい。気にはなったが、残念ながら…
…というと
 ころだ。

 

 長田さんは自分自身も、そしてもうひとりの著者の河合隼雄さ
 も最後の1行にまったく同じ1行を入れるだろうと書く。

 

    そしてそれは魔法の本でね

    本の中には書かれていたんだ――

    【ようこそ、子どもの本の森へ】

 

 と。

 

 何と素敵な詩だろう。

 

 春から夏には緑したたり、秋には美しく紅葉する広葉樹の森の
 に、ひっそりと小さな小屋が建っている。ドイツだったら、
針葉
 樹の黒い森かも知れないが。それはともかく、そんなとこ
ろに建
 つ家。そして、さほど広くない庭。魔法の木。想像は限
りなく広
 がっていく。

 

 こんな“まえがき”で、誘われてしまったのだから、ぜひわた
 たちも子どもの本の森へ迷いこんでみることにしよう。もう
すで
 に“魔法”にかかっていそうな、そんな気はしながらも。   

         

 本書は、大きく次の4つに章だてされている。

 

   1.子どもの本のメッセージ

 

   2.子どもの本を読む

 

   3.絵本を読む

 

   4.子どもと大人、そして社会

 

 と、その前に河合さんの書かれた“あとがき”を見ておきたい。

 

 ここで、河合さんは、こう書いておられる。

 

 長田さんも私も、子どもの本が好きであり、是非多くの大人の
 たちに読んでいただきたいという願いをもっている。そのわ
けは、
 子どもの本に語られる「真実」は、人間のたましいに直
接作用し
 てくるように感じられる。

 

 この企画をきっかけに、子どもの本の世界で「名作」と言われ
 いる作品を読み返してみようとおふたりで考えたそうだ。

 

 その作業は、楽しく、思いがけない発見があった、と続く。河
 さんでもそうなのかと思った。

 

 本書のような種類の本をご紹介させていただくときに感じるこ
 がある。それは、紹介をする人間によって、対象の本がまる
っき
 り違った雰囲気や表情をみせるということだ。紹介者の“
フィル
 ター”を通すとこんなことになるのかと思う。責任を感
じるとと
 もに、そこのところを“読み手”のみなさんに、楽し
んでいただ
 けたら幸いである。

 

 「のるまんじいは、こういうところがおもしろい訳ね」と。

 

 ともかく、中身を少し見てみることにしよう。

 

 長田さんは語る。

 

 記憶のなかにツンドク(積ん読)だけで、読まなかった子ども
 本というのを、大人が自分の中にどれだけ持っているかが、
その
 大人の器量を決めるのではないか、と。

 

 まず、この一言にぐさっと突かれた思いがした。「確かに」そ

 の通りだろう。

 

 それに対して河合さんは、

 

 頷きながら、そのツンドクの本の中から『ノンちゃん雲に乗る
 を、最近(対談当時)飛行機の中で読んだと語る。のるまん
じい
 はこの石井桃子作の名作をつまみ食いしただけで、未だち
ゃんと
 読んだことがないが、「そうか、河合さんぐらいの方で
もお読み
 になるのかと思った。

 

 さらに長田さんはつづける。

 

 ツンドクとは、読まないのとは違うのだと。何かの拍子に読める、
 夢中になれるのがツンドクなのだと。

 

 百科事典なんかも、ツンドク本だと河合さんは受ける。

 

 ここで。

 

 近ごろ、「捨てる」ことに重きをおく風潮が日本中を席捲して
 いないだろうか。「新しい」ものはよい。だから、古くなっ
た本
 は「ゴミ」扱いされる。流行りの古本屋に持ち込めば、「
この本
 は値段がつきません」と突き返されること、しばし。

 

 町の図書館は、稀覯本や有名人所蔵の書籍ならいざ知らず、寄
 はお受けできませんとにべもない。その辺の事情については
理解
 できるので仕方ないかとも思うが、でも……。

 

 挙句の果てに、「燃える」ゴミに日本中で成り果てるのだ。

 

 本は本当は必要な家具でもあると。ツンドクしてちゃんと時間
 かけないとだめだとも長田さんは語る。

 

 ともかくツンドクは大事だと。

 

 こんな話もする。

 

 装丁、タイトル、さし絵、人物や物の名前、言葉のリズム、そ
 いうもの全部が、子どもの本では意味を持っていると。その
話を
 して、長田さんはミヒャエル・エンデの『はてしない物語
』を挙
 げている。

 

 あの作品をのるまんじいが読もうと思ったきっかけは、小悪魔
 ひとりが読んでいるその本のとあるページを見て驚いたから
だっ
 た。エンデという人はすごいなとその時感じたのだった。

 

 本書の2章と3章では「子どもの本」と「絵本」について具体
 におふたりが作者と作品を取り上げてお話をされている。こ
れを
 読むと、「読んでみたい本」がまたふえてくるに違いない。
直接
 お読みいただきたく思う。

 

 「リサイクルの魅力」というところから取り上げてみたい。

 

 子どもの本の世界が死角にはいちゃったようなところが、日本
 はあると長田さんは語り、つづける。

 

 芥川龍之介の『アリス物語』はとうに忘れられている。北原白
 の『まざあ・ぐうす』も戦後文庫にもなかった。現在は長田
さん
 の薦めで、角川文庫にあるそうだが。

 

 ここで、ちょっと。

 

 『アリス物語』と聞いて、ピーンときたのではないだろうか。
 イス・キャロルのあの『不思議の国のアリス』を芥川と菊池
寛が
 共訳で
1927(昭和2)年に世に送り出しているそうだ。この
2人が
 訳したとすれば、興味がわいてくるではないか。

 

 原民喜といえば、自身の被爆体験をもとに書いた『夏の花』と
 う作品が代表作の作家だ。と中学校のころ、習ったような気
がす
 る。そして、大人になってから読んだことがある。

 

 長田さんは原さんの『ガリバー旅行記』の翻訳は、作家を考え
 とき無視できないと語る。長田さんがそこまで語る、『ガリ
バー
 旅行記』、かなり気になった。現在は講談社学芸文庫で読
めるよ
 うだ。

 

 この後、探話は物語のリサイクルだという話題に移っていく。

 

 そこで、文化はリサイクルだと。

 

 本書でもう少し取り上げるなら、「なぜ子どもの本が読まれな
 なったか」というところだろうか。

 

 子どもの目にはいるところに本がおかれなくなった。本のある
 景が日常になくなっているというか、本のあるべき場所が奪
われ
 ていったという。かつての明窓浄机といような本がある生
活が、
 まったく生活の理想ではなくなったと。

 

 子どもたちがおとなの本を読むことで、親たちが満足してはい
 いだろうか。「うちの子は、もうこんな本を読んでいる」と
いう
 ような感じで。のるまんじいなんか、それを聞くと“背伸
び”を
 親がさせていると感じるのだが、そうすることが一種“
カッコイ
 イ”と親子で思っているようにも見える。

 

 本書は、潮出版社が出版する月刊誌『パンプキン』誌に1994
 成6)年2月から
95年6月にかけて連載したものと、新たに
本書
 のために対談した「3章」を加えて単行本化したそうであ

   る。

 

 一般向け。読書好きのみなさんは言うに及ばず、今子育て真っ
 中のおとうさん、おかあさんに一読をぜひにとお薦めしたい。

 もかくおもしろい。

 

 そしてまた、人生の大先輩に「読書」の手引きとして利用され
 ことを願いたい。


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「三浦家の居間で 三浦綾子―その生き方にふれて」

  • 2011.12.27 Tuesday
  • 00:19
JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

 

 

  【こんな一冊の本】

 

 

 

 

       三浦家の居間で

 

 


     三浦綾子―その生き方にふれて  
    

 

 

 

                 宮嶋 裕子/著

 

 

 

   ====================================

 

   

   

 宮嶋裕子さんは、作家・三浦綾子さんの秘書だった人である。

 

 綾子さんが亡くなった後も、綾子さんの夫で歌人の三浦光世さ
 の秘書を続けておられる(
2004(平成16)年当時)。

 

 などとさも知ったかぶって偉そうに書いてはいるが、それでは
 その三浦綾子さんてどんな人なの?」「どんな作品を書いて
いる
 の?」「三浦光世さんはどういう方なの?」と素朴な質問を
され
 たら、そこで“グッ”とことばにつまって立ち往生してし
まうこ
 とだろう。

 

 三浦綾子 北海道旭川市出身の小説家。

 

 (これでは、味もそっけもなさ過ぎる)

 

 小学校教師をしていた三浦さんは、終戦後に思うところあって退
 職するが、その後肺結核を患って長期療養生活を送ることに
なる。 
 長い闘病中に受洗し、キリスト者(プロテスタント)と
なり、の
 ちに、同じ信仰を持つ三浦光世さんと結婚される。

 

 雑貨商を営むかたわら、朝日新聞の懸賞小説に応募し、当選した。
 キリスト教における「原罪」を重要なテーマとして物語の
背景に
 おいた「氷点」というベストセラーになった作品である。
これに
 よって、作家として執筆活動に専念する。パーキンソン
病などに
 苦しめられながらも、夫光世さんの口述筆記をはじめ
とする全面
 的な協力のもと次々と作品を発表していく。

 

 1999(平成11)年10月、帰天。

 

 主な作品としては、『塩狩峠』『泥流地帯』『銃口』『母』『千
 利休
とその妻たち」など小説のほか、数多くのエッセーがある。

 

 一方、光世さんは、

 

 東京で生まれ、3歳で父と死別。母とも別れ、北海道の開拓農
 であった母方の祖父母の下で育つ。中頓別、旭川の北海道の
営林
 署に勤務する。結核を発病、療養の日々を余儀なくされる。

 
1949(昭和24)年洗礼を受ける。 

 

 「アララギ」派の歌人。日本キリスト教団出版局発行の月刊誌
 信徒の友』“短歌投稿欄”の選者を長く務めている。

   

 いやはや、あっちこっちからどうにか寄せ集めてきた感がぬぐ
 ないが、それでもこんなものである。えらく硬い味けのない
文章
 で申し訳ない。

 

 さて。

 

 この三浦光世、綾子夫妻のところで、この本の著者宮嶋裕子さ
 は2度目の秘書となった。
1999年のことである。

 

 実は、時を遡ること27年前に“初代”秘書の職にあった。そ
 が結婚を契機にやめて、茨城県で主婦業に専念していたのだ
が、
 「綾子さんたちを助けに来てあげて!」と2代目の秘書、
八柳洋
 子さんから叫びにも似た声が届いた。この時、八柳さ
んは末期の
 肺がんに侵されていた。彼女が天に召されてから、
宮嶋さんは旭
 川の三浦家に仕事に赴くことになる。空き時間を
できる限り作っ
 て旭川通いをした。1年間で150日にも及ん
だ。

 

 そこで。

 

 作家の“秘書”さんて、どんな役割をするのだろうか。作家さ
 の“秘書”じゃなくても大変そうなことは門外漢ののるまん
じい
 でさえ、おぼろげではあるがわかる気がする。こまごまと
した身
 の回りの雑用、出版社や講演の依頼の対応、はたまた取
材旅行や
 講演の同行。

 

 そうそう、秘書さんといえば、田辺聖子さんの秘書ミド嬢の働
 ぶりをエッセーで読んだだけでも、24時間体制なんてえの
もあ
 ってやっぱり大変だと思うのである。

 

 当時、すでに綾子さんの病状が進み、「口述筆記」すらできな
 状態だったそうだが、それでも来客や多く届く手紙の返信の
代筆
 といった対応は当時
75歳だった光世さんがするのも時間的
にも体
 力的にも限界にきていた。そこでの“再登板”となった
のだった。

 

 9910月に綾子さんを送り、その後も、「三浦光世秘書」とし
 がんばっている。

 

 そんな宮嶋さんが、秘書として三浦夫妻の普段の生活の中から
 にふれて味わった、おふたりのひととなりを思い出しながら
紡ぎ
 だしている。

 

 そんな中から、いくつかエピソードを挙げてみたいと思う。

 

 宮嶋さんにはずっと会いたいと思っていた人があった。

 

 画家の星野富弘さんである。ご存知の方も多いと思うが、群馬
 の高校の体育教師になってすぐ、体操部の指導で事故に遭い、

 椎損傷という重傷を負い、手足の自由を奪われたが、その後、

 に筆をくわえ文字や絵を書き始め、やがて画家として世に出
られ
 た。

 

 のるまんじいも星野さんの作品が大好きで、四季の草花と味わ
 のある詩が描かれたポストカードを手許に置いている。“き
んも
 くせい”が好きだなあ。

 

 そんな富弘さんは、ベッドの上で、『塩狩峠』や『道ありき』
 光あるうちに』といった綾子さんの著作を読むようになり、
それ
 をきっかけとして、やがてクリスチャンになった。

 

 その富弘さんに会いたいと思ったのだ。出会いはやがて実現し
 新緑の中の散歩を楽しんだという。詳しくは本書を読んでいただ
 きたい。

 

 山田洋次監督と綾子さんの出会いの中から。

 

 94(平成6)年に北海道新聞の企画でおふたりは対談した。その中
 で監督
は『銃口』にふれて、

 

 「納豆売りの女性とのことを語りながら、先生が教室で泣き出
 場面があるでしょ。あそこで、ああ、こういう小説をどれだ
け読
 みたかったか、と思ったものです」と語っている。

 

 「ぼくはこのくだりを読むたびに涙が出る。……さらにぼくた
 読者は、このような小説を作り上げてくれた人がいるという
こと
 に感謝したくなる」と三浦綾子文学記念館発行の図録に書
いてお
 られるそうだ。

 

 そんなおふたりの最後の出会い。

 

 99年6月、山田監督が文学館の講演に見えた時、講演後の食事会
 に綾子さんは体力的に無理そうなので欠席の旨を光世
さんが伝え
 ようとした時、かぼそい声で、「それは失礼で……」と言
ったよ
 うに宮嶋さんには聞こえたそうだ。

 

 そして、当日。

 

 綾子さんの不調を知っていた山田監督が

 

 「お会いできるとは思いませんでした。お会いできてうれしい
 す」と深々と頭を下げてご挨拶される姿に宮嶋さんは胸を打
たれ
 る。

 

 「お忙しい監督がおいでくださるのに欠席しては失礼ですから
 と代弁すると、綾子さんはハッキリした口調で、

 

 「いや、失礼ではない。残念なのです」と言ったという。

 

 綾子さんの思いは礼儀ではなく、“愛”だったと気づいた。

 
とまあ、こんな具合にこの1冊に“愛”がいっぱいつまっている。

 

 こころが乾いたなあと、ふと思った時、手に取ってみたらいか
 だろうか。じわっとことばがしみこんでくるに違いないから。

 

 高校生以上、一般の方にご一読をお薦めしたい。

   

 

 

    
  ===============================================


 

 

 

        三浦家の居間で

 

 


     三浦綾子―その生き方にふれて  
    

 

 

 

                 宮嶋 裕子/著

   

         

      

        2004年1月 初版  マナブックス/発行 
                   いのちのことば社/発売 

 

 

 

            いのちのことば社のホームページは

 

        http://www.wlpm.or.jp/

             

             

  

   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

   ============================================

 

「母 住井すゑ」

  • 2011.12.06 Tuesday
  • 00:16
JUGEMテーマ:オススメの本
 

 


  【こんな一冊の本】

 

 

 

 


       母 住井すゑ

 


 

 
 

               増田 れい子/著

 

 

==============================================================



 1997(平成9)年6月16日の夜、その人は逝った。

 95歳の生涯を閉じたのだった。

 その人とは作家“住井すゑ”である。

 のるまんじいが、住井さんの『橋のない川』(新潮社/刊)と出
 会ったのは、
もう何十年も前のこと。中学2年の秋のことだっ
 た。

 

 そのころはまだ、町の図書館なんか充実していなかったし、中
 学生にとって高嶺の花の新
刊リクエストをしても、「そんな値
 段の高い本は自分で買って
ください」だなんて職員が平然と上
 から目線でのたもうた時代
だった。

 

 本をまじめに読むでもなく、それでも図書室が持つあの雰囲気

 が好きで、学校の図書室に入り浸っていたそのころ、「913

 」(現代日本文学)のところに、どうしても気になって仕方が
 ない本があった。

 

 白地のかっちりした装丁の紙の背表紙に各巻ごとに違った色で

 『橋のない川』と印刷されていたように記憶している。その頃
 
は第5部まで発刊されていただろうか。

 

 現在であれば、表紙カバーをつけてままフィルムコートする(

 こんなことばをのるまんじいは今ごろになって初めて知った。
 時代遅れもいいとこだ)のだろうけれども、そんな技術は当時
 まだなかった。

 

 それにしても、きれいな本だなと思って何気に借り出して読み

 出してとんでもなく驚いた。当時の国語の教師からは「お前に
 はまだ早い」と言われた。その話はまたいつかの機会に譲りた
 い。

 
あんな力強い長編小説を書く“住井すゑ”とはいかなる人物な

 のかと気にはなっていた。だが、ちゃらんぽらんなのるまんじ

 いゆえ、無意識のうちにほったらかしにしていたのだった。

 

 それが、ここ15年ぐらいの間に、住井さん本人のエッセーを読
 んだり、ご子息の犬田章氏の『母・住井すゑの横顔』(大和書
 房)や娘の増田れい子さんの文章に出会うともなく出会ってき
 た。

 

 のるまんじいが勝手に思い描いていた“住井すゑ”像とそれら
 の文中に登場する像にはギャップがあった。おそらく『橋のな
 い川』を読んだ方ならわかってくださるように思う。

 

 だが、

 

 増田さんの描く本書『母 住井すゑ』を読んでみて、母親“住
 井すゑ”と小説家“住井すゑ”は根本的には一体であるが、そ
 うでないところが大いにあったというこの一点がわかったよう
 に思う。

 
本書は、「母 住井すゑ」の最期から書かれている。

 
“老衰”という診断を受け、“自宅療養”の身になって、“死

 ”を迎えるまでを“娘”が描く。

 
そんな中、こんなことが書いてあった。

 
『橋のない川」を書き出した五十代後半から六十代にかけての

 母の写真を見ると、不遜といいたいぐらいのギラつくまなざし

 の表情がある。

 
ドスをのんだ男に相通じる面魂がのぞいている。

 
これに対して95年に撮った写真が口絵として載っているが、そ

 れはまことに優しき媼の姿である。

 

 1902(明治35)年、現在の奈良県磯城郡田原本町で生を享けた
 ゑさんは長じて、農民運動家で“小作農解放運動に没頭する

 小説家の犬田卯(しげる)と結婚した。

 

 この卯さんは、ひどい喘息持ちでもあり、生活はすゑさんの手
 に委ねられていたそうだ。そこで新聞社の懸賞小説に応募し、
 当選を果たす。小説家“住井すゑ”の誕生である。

 

 しかし、母であるとき、こう娘に洩らす母親。

 

 何回出産を経験しても“こわかった”。

 

 「自分のいのちと引きかえに子を産むのだ」

 

 この母に対して娘はこう書く。

   

 生まれてくるいのちについて、また己の体力について、どん
 な
に心配しながら、おそれおののきながら産褥についたかを
 思う
と、母がいとしくてならない。

 

 このことは男には立ち入れない“女性”という同性にしか本当
 のところの理解はできないそんな厳粛な部分のように思う。

 

 こんな一家は現在の杉並区成田東に住んでいたが、卯さんの故

 郷茨城県牛久市、牛久沼の近くに居を構えることになる。

 

 時代に追いつめられた結果だった。家を飛び出した男が、1度

 立てた志をひっこめるという決断を下した卯さんの無念は胸を

 重くふさいでいたことだろうとれい子さんは語る。

 

 しかし、4人の子どもを生かすためにそこには男の面目も何も

 なかったという。近くには理解者で画家の小川芋銭(うせん)

 がいたという。

 

 後年、この牛久で住井さんは天寿を全うするのである。 

 母に対する絶大な信頼、そして過ぎ去った日々の暮らしへの優

 しい視線で一家の様子を筆者は伝えていて、随所に“懐かしさ

 ”や“ぬくもり”を読者は読み取るだろう。

 

 そこには、小説家“住井すゑ”ではない、かあちゃんが描かれ

 ている。特別でない、どこにでもいるような、そんなかあちゃ

 んが描かれているのである。

 

 そんな中で、「ついと立って黙って出かけた母」では、“家出

 ”をしたすゑさんのことが書いてある。なぜ、家出をしたのか、
 あるいはしないではいられなかったのかを、“娘”としてだけ
 でなく“物書き”の目で書いている。

 

 また、

 

 “アストラカンのスウェーター”の話を読んで、「ああ、これ

 って、増田さんのことだったんだ」と懐かしさでいっぱいにな
 った。この文章を読んで、のるまんじいと同じようにピンとき
 た中学受験経験者はどれくらいいるだろう。

 もう随分と前のことになるが“アストラカンのスウェーター
 ”にまつわる思い出を書いた増田れい子さんの随筆が私立武蔵
 中の入試問題の素材文になっていた。“過去問”という形で多
 くの受験生が出会ったはずだ。

 

 最後に。

 

 筆者はこう書く。

 私は、母の骨を朽葉模様の陶箱にしまいこみ、飾り棚の中央に

 置いて、右辺に母が好んだ百合の花をかかさず、左辺にやはり

 母の好んだキャラメルを切らさないでいる。

 
そして毎朝、朝茶を、毎夕、日本酒をたてまつっている。

 
日々に“ハレ”と“ケ”があるように、ここでは“ケ”の時間

 がゆったりと流れている。その“ケ”の時間に身を置く一家の

 様子を、そしてひとりのかあちゃんをお読みいただけたらと思

 う。   

   

 一般向け。中学生にはどうだろうなあ。わかってもらえるかな
 あ。高校生なら大丈夫だろう。幅広い年代の方に一読をお薦め
 する。

 

 

 

 ==============================================================

 

 

 

         母 住井すゑ
 

 

 

 

                 増田 れい子/著

   

 

         

      

             1998年1月 初版 海竜社刊

             1998年4月 8刷

             

 

 

            海竜社のホームページは

 

        

            http://www.kairyusha.co.jp/

      

   

  

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