「仏果を得ず」

  • 2013.06.15 Saturday
  • 00:01
JUGEMテーマ:オススメの本


  【こんな一冊の本】

 

 

 

 

        仏果を得ず

 

 

 

   

 

 

                  三浦 しをん/作

 

 

 ================================================


 

   

   

   

 

  「おまはん、6月から兎一郎と組みぃ」

  と、健が銀大夫に言われたのは、春もまだ浅いころのことだ
  っ
た。

 

  本書はこの、師匠銀大夫の何気なさそうな一言で静かに幕を
  開
けたのだった。

 

  楽屋の師匠の胡蝶蘭に健(たける)が水を丁度やっている時の
  こ
とだった。

 

  本書を手に取って読み始めた人だったら、本作品が文楽の世
  界
を描いていることは表紙絵からわかっていることだ。

 

  朱の房を下げ、黒柿に家紋を蒔絵した見台を前に語っている
  の
が、おそらく健、いや笹本健大夫だろう。一方、隣で三味
  線を
弾いているのが兎一郎こと鷺澤兎一郎だろう。そして、
  そこに
は人形たち、人間国宝とはこれまた思えない好爺々然
  とした銀
大夫師匠(而してその実態は……)、そして、今はまだ
  謎の女の
子が今や遅しと出番を待っている。

 

  ということは、この兎一郎という男が一筋縄ではいかないよ
  う
な、健を振り回しっぱなしのそんな面白い設定ということ
  にな
ると推測できる。(半分は当たっている)

 

  この義太夫三味線の兎一郎だが、文楽の技芸員たちをして、
  「
実力はあるが変人」と言わしめる存在だった。ある意味“
  芸道
の鬼”であり、プリンをこよなく愛するという男でもあ
  る。

 

  健も師匠の「兎一と組め」とのことばに、厄介なことになり
  そ
うだと困惑する。

 

  最初の最初から、楽屋の様子を含めてくすくす笑えてしまう
  の
だが、数ページしか経てないのに、もう可笑しくて仕方が
  ない。

 

  ここで、作者の文章を借りて文楽の構成について書いておき
  た
い。

 

  技芸員は、大夫、三味線、人形遣い、あわせて90人弱だ。同
  じ
顔ぶれで何十年も一緒に公演の日々を過ごす。一月ごとに
  東京
と大阪の劇場を往復し、合間に地方公演もこなす。先輩
  と後輩。
師匠と弟子。芸の道を行く同志でありながら、矜持
  のぶつかり
あう好敵手。複雑で濃密な人間模様が繰る広げら
  れているのが
文楽の舞台裏だ。

 

  これだけで、腑に落ちるようになっている。

 

  ここで付け加えだが、「大夫」が「太夫」でないことに既に
  お気
づきのことと思う。

 

  さて。

 

  われらが主人公の健だが、所謂文楽を継ぐ家の出身ではなか
  っ
た。

 

  東京生まれで、札幌に転校した高校のころは教師たちから「
  グ
レている」「要注意の生徒」と目され、気楽で怠惰で女に
  も不
自由ない生活に満足していた。いきなり何だ、なんだと
  思われ
るやも知れぬが、作品ではちゃんと繋がっているので
  違和感は
ない。念のため。

 

  そんな健の学校の修学旅行先が運悪く(?)中学校の時と同じ
  関西で、
そのぶうたれること、ぶうたれること。しかも強制
  的に大阪の
文楽国立劇場に連れて行かれ、狭い座席に縛りつ
  けられる
羽目になった。熟睡する健。幕が開いてしばらくし
  て、心地
よい眠りに身を委ねていた健は突然石をぶつけられ
  たように感
じて目を開ける。

 

  誰も石を投げるような者がいる訳がない。何気に舞台に目を
  や
ると、人形が動いていた。その時また何かがぶつかってき
  たよ
うな感覚に襲われる。舞台右方向のこれまた小さい舞台
  のよう
なところで語っている祖父くらいの年齢の男性に目が
  留まった。

 

  その体から発散されるエネルギー、声、音に圧倒された。体
  ご
と魂を揺さぶられそうなほどだった。こんなに迫力を宿し
  たも
のを今の今まで健は知らなかった。

 

  老人の気迫が、びしびしと健にぶつかり、健の目を覚まさせ
  た
のだ。この老人こそが今の師匠、笹本銀大夫だった。

 

  このとき、健は“文楽”と恋に落ちたのだった。

 

  以来、文楽一筋、10年も実際の恋からは遠のいていた。

 

  しかし、健とて一旦舞台を降りて、劇場を出てしまえば、生
  身
の人間だ。

   

   

  その健が一目惚れしたのが、表紙絵の女の子の母親だったか
  ら、
展開がややこしくなる。健がボランティアで文楽指導に
  行って
いる小学校の児童のひとりがミラちゃん。健によくな
  ついてい
る。というより、ある意味女だった。ある夜母、岡
  田真智と出
会い、ビビビッと電流が走ったのだった。それか
  らは、もう大
変。

 

  親子と三角関係に陥る。そこには、「心中天網島」に出てく
  る
不甲斐ないぼんぼんの紙屋治兵衛のような健しかいなかっ
  た。
兎一郎から叱られること、しかられること。

 

  ところで。

 

  本作品は文楽の世界が舞台だけあって。題のつけ方も粋であ
  る。

 

       

       1.幕開き三番叟

 

       2.女殺油地獄

 

       3.日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)

 

       4.ひらかな盛衰記

 

       5.本朝二十四孝

 

       6.心中天網島

    


       
7.妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)

      


       
8.仮名手本忠臣蔵   

 

 

  もちろんこれらの演目が本編にうまく取り入れられているの
  は言
うまでもないだろう。三浦しをんさんの巧さが各所に表
  れている。

 

  このブログにときどきコメントをくださる「おぼう」さんが
  、以
前同じ三浦しをんさんの『舟を編む』を映画化した作品
  を紹介し
てくださった。残念ながら、まだ観る機会がないの
  だが。その際、
いつか三浦作品を取り上げるからと約束した
  のだった。この『仏
果を得ず』だったら、書けるかもしれな
  いと思ったのだった。

 

  初めて読んだのは、数年前。面白かった。痛烈におもしろか
  った。
文楽の世界がびんびん響いてきた。健の成長物語とい
  うには、聊
か薹の立った感があるがと何処かにあったが、芸
  道において
30
なんてまだまだひよこのようなもの。十分に
  成長物語であろう。

 

  相方ひとつでここまで変われるものか。そうなんだろうなあ
  、と
思う。もちろん成長は健に留まらず兎一郎もそうだった
  だろう。
芸と芸とのぶつかり合い。激しく散る火花。読んで
  いてぐいぐい
ひっぱる力強さ。

 

  作品の山場、健が「勘平切腹」の場面は圧巻だ。

 

  勘平の役作りに悩む健。悩みもだえ苦しみぬいた末、ついに
  自分
の勘平に出会うことになる。そこには「芸のためなら女
  房も泣か
す」というような文楽バカの健がいた。

 

  涙があふれてきて止まらなかった。健の語りが、兎一郎の三
  味線
の音が聞こえてきた。まるで舞台の客席にいるかのよう
  だった。
なぜ、涙が出てくるのかその正体を捕まえられなか
  った。それで
もいいと思った。

 

  ここに『仏果を得ず』が登場する。なるほどなあ、そうなの
  か。

 

  本編すべてが、文楽作品といえる。それについては、文庫本
  解説
の酒井順子さんのそれに詳しいので、委ねたい。

 

  訳の分からない紹介文になって申し訳ない。少し分に酔った
  かも
知れない。

 

  本文を読んでいると、「あれっ?これってあの人がモデル?
  」な
んていうことも1度や2度ではなかった。

 

  最後に。

 

  のるまんじいは「日高川相生花王」の中に登場する大原の場
  面が
好きだ。銀大夫師匠が京都南座の公演後、楽屋に訪ねて
  きた若い
女性と出て行ったまま行方がようとしてしれない。

 

  帝塚山の師匠の家では、妻福子がおかんむり。呼び出された
  健は
上等な牛肉を使ったすきやきのご馳走に与かるが、福子
  の本心を知
っている健はいつ攻撃を受けるかと心ここに在ら
  ず。

 

  やがて。

 

  「うちのひとは、どこにどうしてござるんや?」と。   

 

  盲腸で入院中の兄弟子幸大夫から「師匠を大至急探し出して
  何が
何でも帝塚山に連れて帰れ」との催促。どこをどうやっ
  て探した
らよいか考えあぐねる健は、兎一郎に助けを求める。
  家を探して
訪ねてみれば、こちらは取っ組み合いの夫婦喧嘩
  の最中。これ幸
いの態の兎一郎と、師匠が「休み」を楽しん
  でいるという大原ま
で呼び戻しに行くことになる。この“情
  報源”について本文を読ま
れたい。

 

  大原「山鳩荘」での場面が如何にも芸の世界と思われ、好き
  だ。

  
ちょっと待った。蛇足かもしれないが。

 

  「仮名手本忠臣蔵」の公演終了直後に兎一郎が健の相三味線
  とし
て組む覚悟を銀大夫に告げ、明けた年の元日、師匠の家
  に挨拶に
行く場面も捨て難い。

 

  大阪の町は、正月の光のなかで柔らかくけぶっている。これ
  まで
の三百年と、これからの三百年生きる人々を、まるごと
  受け止め
祝福するかのように。

 

  映画のラストシ−ンのように壮大な広がりを見せるようだ。
  文楽
の未来が明るくあるようにと願いがこめられているかの
  如くに。   

 

  『舟を編む』と同様、映画化されてほしいと思う反面、人物
  像が
それで固まってしまうのがこわくて、やめといてもらう
  方が無難
かとも思う。

 

  文楽を観に行きたくなった。三浦さんの同じ双葉社から出版
  され
ている『あやつられ文楽鑑賞』も脇に置いてお読みにな
  られると
より楽しいと思う。 

 

  一般向け。東京の上位男子校海城中の何年か前の入試問題の
  素材
文として取り上げられたようだ。さすが海城中の先生だ
  、と思う
一方だからと言って「ラブリー・パペット」なども
  登場してくる
故、間違っても小学生全文を読ませないように
  したい(笑)。

 

  おとなが楽しむ作品である。

 

      
 =================================================

 

 

 

 

        仏果を得ず

 

 

 

 

                 三浦 しをん/作

   

 

             2011年7月 初版 双葉文庫刊

             

 

            双葉社のホームページは 

      
 

          
http://www.futabasha.co.jp/     



   

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  • 2017.11.03 Friday
  • 00:01
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    • -
    コメント
    そうですか、「阪急電車」はあいませんでしたか。
    好みはさまざまですから。それでよいのです。
    のるじいはもっぱらこの頃邦画です。
    映画館がきれいになって、足を運ぶのが楽しく
    なりましたよね。
    • のるまんじい
    • 2013/06/26 1:36 PM
    「図書館戦争」は、ジャニーズの
    岡田君でしょ。
    せつないねえ・・・。
    「阪急電車」がおぼうはダメだったんですよ・・・。
    フランチェスカ。
    うーん。
    邦画を映画館で。オツですよね?
    • おぼう
    • 2013/06/25 11:30 PM
    はい。
    まだ上映しているところ調べてありますから、
    例の小悪魔クンを誘って行ってみようと
    考えております。

    観たらコメント書きますね。
    • のるまんじい
    • 2013/06/19 8:56 AM
    もし、映画行かれたら
    コメント期待します。
    • obou
    • 2013/06/19 12:32 AM
    三浦さんとは『月魚』でお付き合いが始まりました。
    短編で深みのある作品群でしたね。
    有川さんといえば、只今『三匹のおっさん』が
    気になっております。

    若いっていいですよね。誕生日が来ても
    うれしいですもんね。
    • のるまんじい
    • 2013/06/18 11:07 PM
    ありがとう存じます

    三浦さん自身のことで
    紹介したことは覚えていますよ
    ほんとうに映画館に足を運んで
    いただきたく思ったのです。

    さて、しをんさんですがまだ
    35歳とのこと。
    「阪急電車」の有川浩さん・・・など
    いろいろ優れた方々がいらっしゃるようですね
    • おぼう
    • 2013/06/17 8:29 PM
    おぼうさん。お久でございます。

    まずコンコンさまの本ですが、どうものるまんじいは
    コンコンさんのお話が好きなようで、何冊かご紹介させて
    いただいてるものですから、ちょっとわからなくて
    すみません。

    「仏果を得ず」は理屈なくおもしろいですよ。

    兎一郎は名前だけでなく、キャラもいいですよ。
    • のるまんじい
    • 2013/06/17 6:15 PM
    三浦しをんさん・・・。

    調べてみたよ

    へェ。お若い方なのですね。
    obouは「兎一郎」という名前が
    気に入りました。
    きっと恐らく、落語世界でも楽しそう
    だけど、「兎一郎」だから、文楽なのかな?

    そうなの?って思うけど・・・。
    • obou
    • 2013/06/17 8:05 AM
    http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id343711/

    いやはや、お久しぶりです。

    以前ご紹介いただきました、「とあるお狐様の本」
    類似品はあっても、同じものは絶版の模様。

    探してもない本ってあるのですね。
    さてさて、三浦さんを存じ上げておらず。

    海星中学ですか・・・。
    作家冥利につくというのですよね?

    ステキなことを教えていただきありがとう存じます。
    • おぼう
    • 2013/06/16 4:19 PM
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    仏果を得ず (双葉文庫)作者: 三浦 しをん出版社/メーカー: 双葉社発売日: 2011/07/14メディア: 文庫 橋下大阪市長の”改革”で有名になった文楽をテーマにした青春?小説。 文楽を極めようとする若者の努力と恋の物語。 筆者はこの手の作品を書かせたら非常にうまい
    • 本読みの記録
    • 2013/06/23 8:09 PM

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